(第5回)フェルマーその頂上への遙かなる道~谷山豊に捧げるレクイエム~(その1)

●一本の電話

電話口の相手は「君は、クンマーとワイルズのどちらが偉いと思うか」と言った。答えに窮している私に彼はすかさず「それは圧倒的にクンマーだよ」と言った。その電話口の主こそ、数学者志村五郎であった。昨年私はフェルマーの最終定理の作品(桜井数学エンターテイメントショー)の制作に取りかかった。基本的に作品作りのソースは書籍である。私に影響を与えた科学者~ネイピア、ラマヌジャン、オイラー、ニュートン、アインシュタイン、仁科芳雄、皆今はなき過去の科学者~を私の視点で、私の思いを私の言葉で「語る」。それが桜井数学エンターテイメントショーである。最初に作品「フェルマーの十字架~谷山豊に捧げるレクイエム~」を発表したのが2004年だった。そのときも資料のほとんどは本だった。ただ、大学時代に講義でフェルマーを教えてれた先生がいたのでその体験も含まれる。ショーではその思い出は鮮やかに私の口から語られた。どんな本の言葉よりも本人の口から発せられた言葉~空気の振動~ほど私を揺さぶるものはない。これまで講義を受けてきた経験から、そして作品作りの中でそのことをいやというほど実感してきた。数学は誰にならっても同じなのではない。誰に習うかが重要なのだ。実体験が私の至宝となり、土台となってきたことを痛感している。黒板の言葉、本の中の言葉、直接語られる言葉、そのすべてが私の頭の中で融合しあって形~私の言葉~になる。さまざまな出会いがきっかけとなり桜井数学ショーができあがっていく。

昨年春私に一通の手紙が届いた。送り主の御婦人は私がとある本に書いた文を読んで感銘して思うことがあり連絡してきたという。数学者谷山豊(たにやま・とよ)を知る御婦人は谷山家の所在をしっていると手紙に書いてきた。フェルマーの作品を手がけて以来、谷山豊に関して得られる情報の少なさにがっかりしていた私にとってその話にくいつかないはずはなかった。さっそく連絡をとり、谷山豊のお兄さんと会うことができた。その際に、谷山豊の同僚に志村五郎という数学者がいてフェルマーの問題を解決するのに重要な貢献をしたことを知るや、御婦人はもしかしてと切り出した。志村という名字の恩師がいて、一度だけ自分には数学者の弟がいると言ったのだそうだ。その方こそ谷山・志村予想の志村五郎ではないのかと。すぐに存命の恩師に連絡をとっていただき確認をしてもらった。はたして、その弟は志村五郎だった。思いもよらない出会いがフェルマーを語る私を生き証人に引きあわせてくれた。

20世紀、人類は一つの金字塔を立てることに成功した。1994年、難関不落を誇るフェルマーの最終定理の証明はアメリカ人数学者ワイルズによって成し遂げられた。そこでワイルズが証明したのは「谷山・志村予想」といわれる難問だったのだ。それもワイルズは日本人数学者岩澤健吉による岩澤理論を使って頂点に登り詰めた。日本人の貢献なしにワイルズの頂上アタックはあり得なかった。世界の数学者はそのことを知っている。しかし、それから10年以上経った今、これら日本人数学者の偉業を知る日本人は少ない。そして、まさか自分が考えていたことがフェルマーにつながっているとは予想だにしなかった若き数学者谷山豊は、自らの命を絶ったという事実。私の目の前の黒板とテキストの前で繰り広げられたフェルマー解決への物語のエンディングはハッピーエンドではなかった。いったいなぜ日本では自国の偉業を自国民に知らせないで平然としていられるのか。なぜ谷山豊は死を選ばなければならなかったのか。理解できないそれらに対する我が思いは、フェルマーの数学の難しさとともに絡み合っていった。

数学史上これほどの連係プレイで成し遂げられた仕事はない。フェルマーを知る多くの人々を魅了し続けた「フェルマーの最終定理」。解決しようと一生を捧げた人は数知れず。1970年代には、フェルマーに近づいてはいけないとさえ言われ、20世紀中に解決はありえないとさえ思われていた。「フェルマーの最終定理」に背負わされた多くの十字架を頂上に打ち刺す勇者は、はたして21世紀を目の前に現れたのだった。そのあまりに美しい数学物語。そしてそのドラマのエンディングを知らずに旅立った一人の若き数学者谷山豊。そのあまりに哀しい物語。これからの話は私が谷山豊に捧げるレクイエムである。

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