「憎いけれど愛している」女がいる男の強烈な詩 恋に苦しむ全男性に捧げたいイタリアの古典

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ガイウス・ウァレリウス・カトゥルス(フールネームを使うとカタカナに圧倒されてしまうので、ここでは「カッちゃん」と呼ぶことにする。やや若手タレントふうイケメンをイメージ)は紀元前70年頃にローマをうろついていた。

当時のインテリはみんな哲学やら政治やら、昼晩まじめに学問に勤しみ、年季の入った軍人の前に立って演説を唱えるという夢に向かって突っ走っていた。その一方、はるばる田舎から世界の中心に着いたカッちゃんは、まるっきりタイプが異なり、国に人生を捧げる気はさらさらなかった。彼はローマに足を踏み入れた途端、「ネオテロイ」という名の不良詩人のグループに加わった。

「ネオテロイ」はギリシア語の「ネオス(新しい)」と「テロス」という強調する接尾辞でできた造語、失礼なほど意訳をしてしまうと、「超ナウい」というようなニュアンスを込めたネーミングだ。彼らは同年代の生真面目な文学者と違って、愛、友情、旅行、ローマでのおしゃれな生活のあれこれ、小さな幸せを謳う短い詩を創作していた。まさに数百年後に日本で広まった、心の内面にある感情に特化した和歌と同じように。

「俺は憎しみ、そして愛す」

トレンディードラマのような生活を過ごしているうちに、若きカッちゃんはやがて恋に落ちる。お相手は彼より10歳も年上のマダム。カッちゃんの愛あふれる詩にはニックネームしか言及されていないので、その女性の正体について正確なことがわからないが、クローディアという名の政治家の妻だったということが通説になっている。

そのクローディアは、旦那に毒を盛って殺したんじゃないかとも噂されて、若い愛人を数人囲い、常識にとらわれない人生を謳歌していた魅力的な人だったそうだ。眉をひそめる人がたくさんいる中、政治にも積極的に参加し、キケロ様が演説で彼女の悪口をまくし立てたこともあったほどに、物議を醸すパーソナリティー。

関係を結んでから弱々しいカッちゃんはクローディアに翻弄されるが、至福から一気に地獄に落とされることを何度も体験している。ほかの愛人の噂を聞きつけてなげき、もう2度と会うもんかと思っても、呼ばれる度にその誓いを破り……。そのような窮地に立たれた時だったのか、彼はペン(正確には、先の尖った棒状の筆記具)を取り、次の字を刻んだ……。

Odi et amo. Quare id faciam, fortasse requiris.
Nescio, sed fieri sentio et excrucior.
俺は憎しみ、そして愛す。
どうしてそんなことできるのって、と君が聞きたいかもね。
俺にもその理由はわからないけど、そのような気持ちが心に募り、苦しむのだ。

自ら進んで選択しないといけないが、ラテン語を習っている高校生はイタリアに必ず一定数いる。そして彼らはだいたいカッちゃんが好き。愛だの、恋だの、苦しいだの、というその愚直なまで正直な気持ちを伝えているところはティーンエイジャーに人気があるし、性行為のことまで赤裸々に書かれている作品も多いので、言葉を注意深く選んでその解説に挑む先生の困った表情を見るのもプライスレス。

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