座礁寸前のTPP交渉

米国の譲歩生かせぬ、安倍首相の手腕に疑問も

TPPをめぐる日米交渉が座礁しかけている。米国が大幅譲歩を示したにもかかわらず、日本側が農業分野の関税引き下げ幅にこだわり過ぎたとの指摘が出ている。写真は安倍首相。代表撮影(2014年 ロイター)

[東京 24日 ロイター] - 環太平洋連携協定(TPP)をめぐる日米交渉が、座礁しかけている。通商交渉の専門家や市場関係者からは、米国が100%関税撤廃要求を棚上げし大幅譲歩を示したにもかかわらず、日本側が農業分野の関税引き下げ幅にこだわり過ぎたとの指摘が出ている。

広範囲な貿易ルール確立で中国をけん制する狙いを持つTPP合意、その大局的な視点から交渉合意を引き出せなかった安倍晋三首相の外交手腕にも、疑問の声が出始めている。

米国の目的は議会説得

 「私たちは政治的な課題を抱えている」--。オバマ大統領は首脳会談後の会見で、TPP交渉が合意に至っていない理由を説明した。

かみくだいて言い直せば、米議会や議員に影響力を発揮するグループを説得できるような交渉上の成果を交渉相手の日本から引き出せないと、米議会でTPP協定を批准できない、ということだ。

キャノングローバル研究所の研究主幹・山下和仁氏は、こうした状況を踏まえてTPP交渉では当初、「日本が譲歩を引き出すことには無理がある」と見ていた。

しかし、事情はやや変化してきたようだ。「中国を意識した戦略を考えると、関税全廃をあきらめても、日米同盟の協調姿勢を示したいとのホワイトハウスの意向が強く、牛肉も豚肉も関税を認めるという大幅譲歩に踏み切った」と山下氏は解説する。

このため、関税容認に転じた米国側の配慮を受けて、さすがに首脳会談では合意に達すると山下氏はみていた。

だが、安倍首相はここまで米国が譲歩したにもかからず、首を縦に振らず、閣僚級協議に戻してしまった。

RBS証券・チーフエコノミストの西岡純子氏も「関税の問題は単にどの製品を保護するかの問題に過ぎず、実体経済への影響は小さいはず。米国側が日米同盟で大幅に歩み寄りを見せている中で、日本はもっと柔軟に譲歩してよかったのではないか」と首をかしげる。

アジア諸国の参加少ないTPP、自動車も輸出重要性低下

経済面からもみても、農産物の関税にこだわる理由について、説得性に欠ける点がある。

1つは、この1年間で進んだ円安の効果をどう見るかという点だ。畜産農家にとって牛肉の関税率38.5%が大幅に引き下げられても、2012年から40%近く円安が進行し、輸入牛肉の価格が上昇したため、価格競争力的にはかなり対応力が出てきている。

また、農畜産物の市場開放で価格が下がれば、食卓に登場する国民全体の食料品コストが下がり、家計にとってはその分を別の消費に回すことができる。それで経済成長が高まれば、たとえ畜産農家に補助金を支払っても、その効果は補って余りあるという計算になる。

一方、TPPで獲得する産業界の直接的なメリットが、それほど大きな規模にならないという事情が存在する。TPP参加国の関税率がすでに比較的低く、撤廃や大幅引き下げが実施されても、経済効果が限定されるためだ。

RBS証券の試算によると、TPP参加国間で関税が撤廃された時の直接的なコスト削減効果は3200億円程度に過ぎない。

TPPにアジアで参加する日本を除く4カ国のうち、シンガポールとブルネイは経済規模がかなり小さいことも、経済効果を限定的にしていることに影響している。

これに対し、日中韓FTA(自由貿易協定)の効果は1.1兆円に達する。中国や韓国は規制など非関税障壁も高く、FTA締結による輸出促進効果は数字以上に大きいという。

また、難航している自動車関税では、日本の輸入車関税がゼロに対し、米国が関税撤廃を拒んでいるのは不公平とも言われる。とはいえ米国の関税は2.5%と低く、日本のメーカーは米国内での生産に加え、トヨタ<7203.T>やマツダ<7261.T>はコストの安いメキシコから米国に輸出する体制を採っている。

中国けん制効果で、アジア経済連携に期待

むしろTPP交渉に日本政府が込める狙いは、経済効果とは別のところがある。安倍晋三首相は首脳会談後の会見で「自由で開かれたアジア太平洋地域を発展させ、中国を関与させることで一致した」と述べた。

政府高官は、その真意として「われわれの狙いは貿易ルールの確立、特に知的財産やサービスに関するものを共有すること、それにより中国をけん制することにある」と指摘し、そのことががTPPの真の狙いだと指摘する。

RBS証券の西岡氏は 日本企業の輸出競争力にとっては、円安が効果的とされてきたが「一度関税が引き下げられれば、その後はずっと低関税、あるいは無関税の条件が続くことから、企業にとっては変動が激しい為替要因よりは安定した事業戦略を練られる」と見ている。

日米首脳のリーダーシップによって、21世紀の新しい貿易ルールであるTPPで大枠合意を達成しよう──という「大向こう受け」を狙った作戦は挫折した。

強い政治的圧力を行使する国内の利益団体を意識せざるを得なかった両首脳の事情があるにせよ、被った政治的打撃は2人ともに大きく、今回の首脳会談が日米両政権の分岐点になった可能性もある。

また、関税によって価格競争力を上げるといった発想は、時代の流れに逆行し、単なる産業保護政策に過ぎないことは、金融市場も見抜いている。

新しい貿易ルールの構築や幅広い国家を巻き込んだ自由経済圏の確立にエネルギーを注ぐことができるのか、その点をマーケットは見て行くことになるだろう。

(中川泉 編集:田巻一彦)

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