セパージュ時代の到来(5)挫折:南仏アニアーヌ村の事件《ワイン片手に経営論》第19回

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■モンダヴィの南仏アニアーヌ村進出 その1:戦略的意味合い

 ではなぜ、ロバート・モンダヴィはこの、ラングドック地方を選んだのでしょうか。

 セパージュ主義によるワイン造りは、「優れた品種があれば優れたワインが作れる」という信仰のもと土地を前提条件とはせず、その品種に適切と思われる世界中の土地を対象とします。上場企業であるロバート・モンダヴィが資本市場から課される「成長」という前提と、セパージュ主義という概念が組み合わさると、その事業戦略オプションは、ジョイント・ベンチャーのパートナーを探すか、自身で土地を見つけてワイン造りをはじめるかに絞られてきます。

 新たな土地を見つけてワイン造りをする戦略オプションをとる場合は、まだワイン生産地として未開拓な場所でワイン造りを始めるか、既にワイン生産地となっている場所に進出するかのどちらかになってきます。ラングドック地方への進出は、ある意味この折衷案で、ワイン生産地として長い歴史があり、高品質ワイン生産の高い潜在力を持つラングドックのなかで、まだ使用されていない土地を開拓しようとしたのです。

 ラングドック地方はまさに絶好の土地でした。先にも述べたとおり、ラングドックのワインは安価な大衆ワインというイメージが定着してしまいましたが、数千年のこの地方でのワイン造りの歴史を振り返れば、その潜在力は明らかです。また、エメ・ギベール氏のように、その土地の潜在力を最大限発揮する人は徐々に増えつつありました。

 AOCの縛りが脆弱な土地であったこともラングドックを選んだ理由の一つでしょう。AOCは4階建てになっており、一番上からAOC(Appellation d'Origine Controlee:原産地統制名称ワイン)、AOVDQS(Appellation d’Origine Vin Delimite de Qualite Superieure:原産地名称上質指定ワイン)、VdP(Vins de Pays:地酒)、Vins de Table(テーブル・ワイン)で構成されます。

 制度は階級が下がるほど、規制も緩くなる仕組みになっています。一番上のAOCカテゴリーの規制対象は、生産地域、品種、アルコール度数、最大収穫量、栽培法、選定方法、醸造方法、熟成条件、試飲検査などこと細かく定められています。これがVdPになると、品種、限定地区、アルコール度数、分析・試飲による検査といった程度です。

 ラングドック地方では、一番上のAOCカテゴリーでは、ロバート・モンダヴィが得意とする、カベルネ・ソーヴィニョン、メルローといった黒ブドウ品種やシャルドネ、ソーヴィヨン・ブランといったブドウ品種の使用を禁止していますが、地酒やテーブル・ワインカテゴリーではこれらの品種を使用することが許されています。

 ロバート・モンダヴィにとって、制度的にセパージュ主義的ワイン生産が可能で、さらに高品質ワイン生産の潜在力の高い場所が、ラングドック地方の地酒またはテーブル・ワインであったわけです。

 また、一般的にAOCに分類されるワインには、有名ブランドで高級なワインが多くなる傾向があり、それだけ大きな既得権益が存在するため、AOCカテゴリーで競争することは熾烈を極めることが予想されますが、地酒やテーブル・ワインの生産者は、零細企業が多いため、グローバル資本の生産者から見ると、格好の市場に見えたに違いありません。

 このように見ていくと、ロバート・モンダヴィのフランス進出計画は、とても戦略的に見えます。敵方の弱点に自社のリソースを集中投入することは、戦略上一つのセオリーですが、ロバート・モンダヴィは、制度が脆弱で、競争環境が厳しくなく、かつ高品質なワイン生産地として魅力的な場所としてラングドック地方を選択し、資本を集中投下しようとしたのではないかと考えられるのです。

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