セパージュ時代の到来(5)挫折:南仏アニアーヌ村の事件《ワイン片手に経営論》第19回

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セパージュ時代の到来(5)挫折:南仏アニアーヌ村の事件《ワイン片手に経営論》第19回

前回に引き続き、株式公開により資金を調達、世界にその影響力を広げていくロバート・モンダヴィ社の姿を追っていきましょう(以下、ロバート・モンダヴィと称する場合は、すべて法人を意味します)。モンダヴィは、1990年代後半、フランスへの進出を計画します。場所は南フランスにあるラングドック地方。ローマ時代に、地中海沿岸の一大ワイン産地として、ナルボンヌ市を中心に名を馳せた土地です。

 いよいよセパージュ主義の覇者ロバート・モンダヴィがテロワール主義の発祥の地といっても良いフランスに進出したのです。第15回でご紹介した「パリの試飲会」といったある一日の偶然の出来事といったものではなく、事業を通して両主義者が衝突します。この衝突は、最終的にセパージュ主義側の挫折に終わりますが、その経緯をご紹介しつつ、挫折の根本要因を洞察してみたいと思います。

■衝突の舞台:ラングドック地方

 まずはこのラングドック地方の歴史を振り返ってみます。

 14世紀。イギリス王により「ワイン取締法」が制定され、「ボルドー地方」に、イギリスとのさまざまなワイン商取引に関する独占的な特権が与えられました。これにより、ボルドーはワイン生産地および商業地として多いに繁栄しますが、1776年、ルイ16世の財務総監でありかつ政治家、経済学者であったアン・ロバート・ジャック・チュルゴーによってこの特権が廃止されます。

 「ボルドー特権」の廃止によって、ラングドック地方のワインが注目を集めることになります。ラングドック地方は、ボルドーを流れるジロンド河上流から渓谷を抜けた先に広がる地域で、当時の高級官僚や実業家によって、セートやベジエという街で作られたワインが高く評価されました。高品質ワインは米国にも輸出されたそうです。

 米国の「独立宣言」を起草し、1801年に第三代アメリカ合衆国大統領に就任したトーマス・ジェファーソンは1784年から1789年まで駐仏米大使としてフランスに滞在していました。数多くのワインをトーマス・ジェファーソンが購入したという記録や領収書が残っており、大量のボルドーワインをパリの米国大使館経由で本国に送らせていたようです。また、大統領に当選した際には、ラングドック地方のフロンティニアンやサン・ジョルジュ・ドルクのワインを送り届けさせたという記録もあるようです。

 ラングドック地方のワインはこれほど高品質であったわけですが、19世紀に鉄道が急速に発展すると、その位置づけが変わってきます。大企業と肉体労働者が集積するパリやフランスの北部地方に鉄道で大量にワインを輸送できるようになったのです。これがきっかけとなって、それまで栽培されていたブドウ品種とは異なる、大量栽培に向いたカリニャン種やアラモン種が栽培されるようになりました。以前にも書きましたが、同一面積の畑からより多く収穫しようとすると、ブドウの質が低下していく傾向があるのですが、ラングドック地方はより商業を重視した「ワインの巨大工場」となっていくのです。

 ラングドック地方のワインには、安価で大衆向けの「渇きを潤す」テーブル・ワインというイメージがつき、20世紀になってもグローバル市場からはあまり注目されない地産地消型のワイン生産地となっていきました。そして、フランスで原産地統制呼称(AOC:Appellation d'Origine Controlee)の法律が制定されたのが1935年、ちょうどこの地方がすっかり安価な大衆向けワイン産地として定着してしまっている時期でした。

 AOCの法律で指定されているラングドック地方のブドウ品種は、その時期に中心的に使用されていたグルナッシュ、カリニャン、アラモンといった品種。国際的に栽培されているカベルネ・ソーヴィニョンやメルローのような品種ではありません。

 しかし1980年代に入って、土地の潜在力を見事に開花させた人物がいます。エメ・ギベール氏です。第13回のコラムの冒頭の言葉を思い出して下さい。「ワインの質を決定するのは?」という問いに対して、「土、それに気候だ」と答えたテロワール主義者です。

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