長患いのお年寄りが病院を追い出される 35万床の「長期入院ベッド」が5年後までに6割削減

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「うちは大丈夫なんだろうか」。東京都世田谷区に住む浜田俊行さん(50、仮名)は不安でたまらない。84歳になる母親を郊外の介護療養病床(かつての老人病院、介護保険適用型)に預けて4年になるが、こうした病院があと5年でなくなるとこの前、知ったのだ。

5年前のことだった。夜、浜田さんが帰宅すると、200万円もする外壁修理の契約書が茶の間にあった。母親に問いただすと「お前も同席していたじゃないの」。認知症になっていた。このときは解約できたが、同じ年の暮れ、数十万円の白アリ消毒工事の領収書が3枚も出てきた。慌てて床下をめくると、何台もの換気扇が取り付けられていた。

浜田さん宅は自営業で共稼ぎだ。日中は留守になる。介護保険で訪問介護やデイサービスを試したが、母親本人が嫌がった。失禁するようになり、紙おむつをはかせたら、今度は脱がない。「この臭いじゃ医者にも連れて行けない」と風呂に入れようとすると、泣き叫んで嫌がった。「妻とだから頑張れたが、私一人だったら無理心中したかもしれない」と浜田さん。

柚子をもごうとした母親が庭で転んだのは、介護疲れもピークの頃だ。右上腕を骨折。近所のA総合病院に入院したが、骨粗鬆症でもあったため、回復が遅い。4カ月もすると暗に退院を迫られた。足腰が弱り、自力で立ち上がれなくなった母をもう自宅では看ることはできない。紹介された小規模の一般病院に転院したが、大したリハビリもしてもらえず、母親はいよいよ寝ついた。

3カ月後には、最初のA病院が新設した老人保健施設(老健)へ移る。ただ、老健はリハビリをして在宅復帰を目指す施設だ。入居者は皆、特別養護老人ホーム(特養)入りを待ちながら3カ月ごとに老健を転々としていた。週に何度か発熱するような母親を安心して預けられない。途方に暮れていたとき、今の病院を知る。差額ベッド代も入れると月38万円程度の負担は大きいが、生活は落ち着きを取り戻しつつあった。

「誤嚥性肺炎で2度ほど危険な状態になったが、手厚い治療のおかげで母は生きながらえている。こうした施設の減少で、行き場を失う老人が増えることは明らかだ」(浜田さん)。

新しい「生き地獄」 「姥捨て山」の出現

療養病床は全国に35万床(うち医療保険型が23万床、介護保険型が12万床、回復期リハ病棟除く)あり、主に長期入院のお年寄りを受け入れてきた。高度な手術や救急こそしないが医師が24時間体制で治療に当たる点は一般病院と変わらない。ところが、2012年までに介護型は廃止、医療型に一本化され、その数も15万床をメドに縮小される見通しだ。

今年6月、東海療養病床協会が入院患者家族にアンケートしたところ、療養病床の廃止・削減について「知らない」が47%を占めた。また、「自宅介護は不可能」が88%を占めた。理由は「容体変化に対応できない」が最も多く、「自宅設備に不安」「自分も高齢」と続く。ちなみに9割が病床再編に反対している。

患者不在の中で性急な再編が行われる理由は一つ。医療費削減だ。

かつて、老人医療は点滴漬け、検査漬け、薬漬けのいわゆる「漬け物3点セット」といわれた時代があった。診療行為をするほど病院が受け取る診療報酬も増える“出来高方式”だったからだ。その後、どんな診療をしても1人いくらの包括払い制となり、過剰医療に一定の抑制がかかった。が、今度は、軽症患者を集めてほとんど医療行為をしない極端な病院が現れるなど、療養病床は玉石混淆ではあった。

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