待遇は悪化の一途で年間離職率2割の介護現場 介護保険制度が導いたスタッフ困窮化の必然

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 さらに介護報酬は公定価格であるため、人手不足による賃金上昇という経済原理が働かず、その結果いつまでも介護スタッフは報われず離職者が絶えない状態が続く。そのシワ寄せは利用者へと及ぶ。今年6月、文京区立の特養ホーム「くすのきの郷」が、ボランティアとして派遣されたフィリピン人女性を職員と偽って夜勤に組み入れ介護報酬を不正に請求したとして、東京都は区に対し事業者指定の取り消しを決めた。

人員不足が導いた厳罰 現場レベルで対応急ぐ

この処分に対して、くすのきの郷の家族会の御園茂会長は「ここは『お年寄り第一主義』という施設長の理念に引かれ優秀なスタッフが集まっていた。それでも人員不足が解消できなかったと聞いている」と肩を落とす。御園さんの下には利用者から「スタッフが替わるのは不安」という声が多く寄せられている。

こうした負のスパイラルから脱却は可能なのか。

特養ホームの職員だった小原和子さんが北海道手稲市で小規模のデイサービス「さとおり」を開設したのは2年前のことだ。ホーム職員時代、利用者が自由を制限され、家族とも没交渉になり、あっという間に寝たきり状態に悪化するケースを見てきた。そんな中で、毎日家に帰ることで家族とのかかわりを続けつつも、日中は家族を介護から解放する、そうしたデイサービスの理念に引かれた。さとおりの利用者には特養など施設での生活に合わなかった要介護4~5の重度者も多いが、ここではごく自然にだんらんに加わっている。

小原さんは「ケアは職人芸。スタッフには職人に見合う賃金を支払うことが必要」と考え、創業2年目にして業界では高水準の年収400万円近くを支払っている。他方で経費は極力抑え、広告宣伝もしないが、口コミで利用者は引きも切らない状態にある。

非正規職員の待遇改善に正規職員が取り組む動きも出始めた。札幌市の特養ホーム「慈徳ハイツ」の小林寛理事長は今年3月、職場の労組と一通の確認書を取り交わした。そこでは有期雇用契約の廃止、非正規職員の正規職員への登用推進など均等待遇実現に向けた施策が定められた。きっかけは小林理事長の定昇削減提案だった。労組の原田優子委員長はそれを受け入れる条件として要求したのが、非正規職員の待遇改善だ。「総人件費の削減を行わないことは大前提」(原田委員長)としつつも、正規職員中心の労組がそこまで踏み込んだのには訳がある。

従来、正規職員と非正規職員の間には仕事の負荷に大きな差があったが、今や半数が非正規。基幹業務も非正規職員に委ねられるようになり、利用者のためにも皆が安心して働ける環境の構築が最優先と判断したためだ。非正規職員の本間奈都子さんは「正規職員登用は自らの仕事ぶりや能力を認めてもらった証し。登用されるよう頑張りたい」と話す。

ただこうした現場レベルの取り組みはまだごく例外的な動きにすぎない。厚労省は今後10年間でホームヘルパーや介護福祉士など約40万から60万人の介護職が必要になると推計しているが、その実現は介護職の待遇改善なくしてはありえない。そのためには「かつての措置費がそうだったように、報酬を人件費分と管理費分に区分し使途を限定して支給する」(伊藤教授)など大胆な政策判断が必要な時期に来ている。
(週刊東洋経済07年9月8日号より)

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