ソニー、マッキンゼー、DeNAで学んだこと 森本作也×瀧本哲史 対談(前編)

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瀧本:スタンフォードでは、何か変化がありましたか?

森本作也(もりもと・さくや)
神戸大学経済学部卒業、ソニーに入社し、サウジアラビア、アラブ首長国連邦に駐在。その後、休職し米国スタンフォード大学経営大学院(MBA)に自費留学。修了後マッキンゼー&カンパニー東京オフィスに入社し、モバイルを含むハイテク関係のプロジェクトに従事。フィンランド駐在を経験した後、シリコンバレーに本拠を持つベンチャー、カネスタに入社。カネスタのマイクロソフトへの売却後、DeNAに入社。北米子会社であるDeNAグローバルにて新事業立ち上げなどを担当。DeNA退社後、シリコンバレーにて社会的企業MiCMALiを立ち上げるとともに、東大情報理工学系石川・奥研究室のスピンアウトであるエクスビジョン株式会社取締役に就任。 著書に『
SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだ グローバル・リーダーの流儀』。

森本:いちばん面白かったのは、シリコンバレーの雰囲気に触れたことですね。いきなり知らない同士から会社が生まれて、そこにおカネが集まるスピード感。そうこうするうち、サンとか、シスコが急に盛り上がってきた。サンもシスコもスタンフォードのOBがやっていて、彼らが会社の説明をしてくれたとき、今まさに新しい産業が生まれるという雰囲気があった。ビジネスをやるならここが面白いとたたき込まれたわけです。そのときは個人的な理由で日本に帰りましたが、いつかはシリコンバレーに戻りたいと思っていました。

瀧本:留学は自費ですか?

森本:基本的にはそうです。サウジアラビアもドバイも所得税が安く、生活費も安いから、手取りをほとんど貯金に回せた。3年間で授業料が貯まりました。

留学したいと言ったら、ソニーは休職扱いで行かせてくれましたが、結局、僕は留学後、ソニーを辞めてマッキンゼーに入った。それなのにその後、マッキンゼーを退社するときに、ソニーから再びオファーがあったのです。そのオファーをくれた人事部長は、僕が新卒のときに呼んでくれた人だった(笑)。すごく心が動きましたが、今度はまったく違うことをやってみようと、シリコンバレーのベンチャーに移ったのです。

マッキンゼーの社風

瀧本:その前は、なぜマッキンゼーだったのですか?

森本:僕は中近東で営業をやっていた人間だから、企業戦略なんて何も知りませんでした。それでスタンフォードのビジネススクールで、戦略のまね事を学んでみた。だけど別に自分で戦略をつくったわけじゃない。だから学んだことを実際の世の中で経験してみたいと思った。戦略を実践できるところとしては、マッキンゼーがいちばんだろうと。同じコンサルティング会社でも、マッキンゼーとBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)では雰囲気がずいぶん違っていて、マッキンゼーには求道者みたいなまじめな人が多かった。僕はあまりそういうタイプではなく、コツコツやるよりノリでやるタイプ。どうせ道を変えるなら、自分にないものを得られるところがいいと思ったので。

瀧本:僕もマッキンゼーの出身ですが、社風はそのとおりですね。僕はBCGとはお互いに合わなかった。

森本:僕はBCGのほうが、馬が合うなと思いました。だからこそ、そこに行って得られるものはあまり多くないと。

瀧本:マッキンゼーは予想どおりでしたか。

森本:インターンをしてから入社しましたから、違和感はありませんでした。やっぱり徹底的にギリギリと考える。チャートの書き方や、偉い人との議論、ポイントをつかむスキルなどが、のちのベンチャー時代に間違いなく生きています。英語力では負けるけれど、議論では負けませんね。

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