インドの水道インフラは、なぜ崩壊したのか インドで展開する水プロジェクト<第2回>

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プロジェクトを阻む本当の壁

どうしてここまでアグラの水道インフラは崩壊したのか。

あらためて指摘されるのは、状況を現在まで放置し続け、悪化させてきた施策の不能、水道当局の怠慢だ。事実、アグラ市を含むウッタルプラデシュ州が行ってきた水道対策は、どうにも疑問を感じるものばかりである。

水が足りない中で、真っ先に改善すべき漏水対策には、手をつけることがなかった。水道管への修繕作業は進まず、全長3000キロメートルに及ぶアグラの水道管は、今もあちこちで水が噴き出したままだ。

水圧改善のため各所に建設した給水塔は、モーターなどの不具合でほとんど運用されてはいない。また、とりあえず上水道整備の代替えとして井戸を設置するものの、多くはすぐに枯れて今では大部分が放置されている。

こうした“不要なモニュメント”たちはトランスヤムナ地区を含め、アグラ市内では珍しくはない。

期待はずれの施策に、一部の住民は自前で井戸を掘り、地下水をくみ上げている。ちなみに、アグラではこの地下水の水質も決して良好なものではない。飲めば明らかにしょっぱさを感じる塩分濃度であり、フッ素による汚染も懸念されている。ヤムナ川の汚染状態を見れば、地下水だけが安全なことなど考えにくい。

住民が勝手にくみ上げる地下水、水道の盗水、さらに料金メーターの未設置などで、アグラでは無収水(料金を払っていない水)の割合が非常に高い。料金徴収をはじめとした、行政が取り仕切る水道事業の運営そのものが、アグラでは機能不全にあると言っていいだろう。

今回のプロジェクトでは、適切な取水や節水、料金支払いに関する住民理解の促進のため、現地NGOと連携して啓蒙活動も行っている。しかし、周囲から聞こえてくるのは、「現実には水が来ないし、水が飲めない。住民レベルでの意識改善より、水道の役所をなんとかしてくれ」。

計画が進むにつれて見えてしまうのが、地元政治家や役人たちによる利権の奪い合い、足の引っ張り合い、横行する汚職。それは水道管の中に長い間にたまった、“ヘドロ”のようだと市民は口にする。

水道網の改善についてプロジェクト側が働きかけても、つねに停滞した現地水道当局などが障壁になった。一向に埋まらない“ザルの目”。たまった“ヘドロ”の中で、プロジェクト運営自体が身動き取れなくなっているのも、また事実だ。アグラ生まれのプロジェクトメンバーも苦々しく話す。

「もはや政治の問題です。けれどもUP(ウッタルプラデシュ州)の役人と政治家は、まるでUPの水のようにインドの中でも最も腐敗しています。新しく何かを進めるのには、アグラは非常に困難が多い場所なのです」

悲しいかなこれまでに、ガンガージャル・プロジェクトでは疲弊した担当者や責任者たちが、次々とインドを去って行った。

次回は、海外展開で苦戦が続く日本の水事業。

※ 『日本の「水輸出ビジネス」が苦戦するワケ」に続く

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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