慶応卒ゲーム女子の起業が映す「変化」の変質 多様性の時代に潜むグローバル化の罠

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儲けたいとか一流になりたいとかそういうモチベーションではなくて、喜びとかわくわくとかそういうのを軸にしているというのです。

「DeNAの南場智子さんもこの間似たようなことをおっしゃっていましたね。喜びをいかに届けられるかだと。だってみんなが喜ぶ顔を見るとうれしいじゃないですかと。それと同じ方向性だなと思いました」

時代は急激に変化していると誰もが口にします。でもその変化の本質は、単なる科学技術の発展ではなく、人間の人生観みたいなものが変わってきているということではないかというのです。1人ひとり、1つひとつが違うことを認め合う時代。平均値が意味をなさない時代。ものの価値が数値化できない時代。そういう時代においては仕事に向かう姿勢も当然変わるだろうと、若い卒業生たちを見て思うのだそうです。

いわゆる経団連の人たちがいう“変化”とは、新しい技術が出てきたことにより、昭和から続く彼らの商売の土俵の上での戦い方を変えなければいけないという意味合いにすぎません。でも時代の変化の本質は、別の次元で起きている。働くこと、仕事、ビジネスへの向き合い方自体が変化しているというのです。

いつの時代も、“変化”に“対応”しようとするのが旧世代の人たちの特徴です。でも若者は“変化”の“主体”です。旧世代の人たちが唱える変化への対応に乗っかっていると、むしろ時代の最先端から取り残されていくわけです(でも、旧世代の人たちのほうがいまだに人数が多いので、なかなか社会全体が変わらない……というのがいまの日本なのですが)。

多様性の時代におけるグローバル化の罠

だからといって技術革新を無視していいわけではありません。先ほどのデリッシュキッチンの例だって、誰でも手軽に動画をインターネット上に配信する技術があったから実現できたものです。そしておそらく、ゲーム業界で培った、人をわくわくさせるテクニックも、サイト設計に生かされているはずです。

「ITとかAIは絶対に発展するので、いままでできなかったことが可能になっていきますよね。それはこれからの時代の若者たちにとって悪いことであるはずがない。大量生産・大量消費の時代が終わって、1人ひとりがそれぞれの価値観を大切にして発信できるようになった。要するに多様性ですよね」

ソニー、東芝、日立、パナソニック……。大量生産・大量消費の時代において、日本企業は技術革新によって世界のトップを走りました。その成功体験が私たちの社会には色濃く残っています。だから、“技術立国ニッポン”としては、ITやAIという分野でもトップを走らなければいけないという強迫観念にとらわれます。

しかし一方で、新しい技術のおいしいところを利用させてもらうことで、より多くの人たちがそれぞれの価値観に基づいた新しいビジネスを始めることも可能になっているのです。あくまでも市井の個人としては、競争の結果生まれた技術をいかに小回りよく柔軟に、自分の価値観に沿った形で利用するかを考えたほうがメリットは大きいかもしれません。そのとき武器になるのは、技術力ではなくて、“人とは違う発想”です。

「アメリカのビジネススクールに進んだ卒業生も来てくれました。彼女が面白いことを言っていました。

日本企業が英語を公用語にすることの是非が、ケーススタディーのテーマに設定されたことがあったと。そこで彼女は日本企業も英語を公用語にしないと生き残れないという主旨の発表を自信をもってしましたと。発表もうまくできたはずだと。でも、周りからは『がっかりした』と言われてしまったそうなんです。何でだと思います? 欧米人の発想と同じだからだと言われたそうです。そのとき彼女は、欧米人とは違う発想を期待されて自分がそこにいたということに気づいたんです」

『21世紀の「女の子」の親たちへ 女子校の先生たちからのアドバイス』 (祥伝社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

多様性の社会では、自分自身が人とは違う何かにならなければいけません。「グローバル化」の名のもとに標準化してしまったら、多様性の社会では存在価値を発揮できないのです。みんなと同じモノサシで自分を大きく見せるより、人とは違ったモノサシをもつことが価値を発揮する時代だというのです。昭和の経済大国としての成功体験を引きずる世代にはなかなか受け入れがたい発想かもしれませんが、その成功体験こそを手放すべきタイミングがいまなのだと私は思います。社会のモデルチェンジをするために。

卒業生たちの活躍を語る女子校の先生たちの話を聞いていると、若者たちはもうそのことを肌で感じて知っているように思います。旧時代の土俵での勝負にいまだにこだわる大人たちが余計な入れ知恵をしなければ、これからの時代を生きる子どもたちは自然に新しい時代をつくっていくのではないかという気がします。

おおたとしまさ 教育ジャーナリスト

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Toshimasa Ota

「子どもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。今、子どもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。育児・教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書は『名門校とは何か?』『ルポ 塾歴社会』など80冊以上。著書一覧はこちら

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