世界の経済危機を救うには「共同行動」が必要だ ノーベル賞学者スティグリッツの強い政府論

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保護主義はアメリカのためにならない。産業の空洞化に苦しむ人々を助けることにさえならない。それどころか、アメリカの貿易相手や世界経済に深刻な影響を及ぼすおそれがある。国際社会は、過去70年にわたってルールに基づく制度をつくり、通商や協力を推進してきた。アメリカはこの制度の形成において中心的な役割を担ったが、それは利他主義からではない。アメリカを含め、世界全体にとってそのほうがいいと考えたからだ。

通商や交流は、国境を越えた理解を促進し、平和をもたらす。前世紀に猛威を振るった戦争を抑制する。それに、この制度は経済的にもプラスになる。グローバル化は、ルールに基づいて管理を適切に行えば、あらゆる国がその恩恵を受けられる。実際、全体として見れば、アメリカの経済はその恩恵を受けた。問題は、その成長の果実を公平に分配しなかった点にある。

グローバル化の影響は、経済をはるかに超えたところにまで及ぶ。グローバル化により医学知識が普及したため、世界的に平均余命が延びた。ジェンダーの思想が普及したため、ジェンダーの権利が世界的に認知されるようになった。しかしその一方で、世界規模の租税回避が横行し、基本的な公共サービスに必要な収入を奪われる国が増えた。グローバル化はまた、対応を誤ればコミュニティーや社会を荒廃させる場合さえある。

強い政府の力がもたらすもの

協力すれば、単独で行動するよりもはるかに多くのことができる。人間は古くから、この基本原則を知っていた。大規模な「共同行動」が必要だと最初に気づいたのは、古代稲作社会だろう。稲作ではかんがいが必要になる。用水路をつくり、管理すれば、誰もがその恩恵を受けられる。そのためには皆が協力し、資金を出し合わなければならない。

また、水がわずかしかない地域では、利用できる水を公平に分けるルールが欠かせない。この場合も、共同行動が必要になる。略奪者から町や村を守る防衛でも、古くから共同行動が見られた。町や村が一丸となって行動すれば、単独ではとても不可能な防衛も可能になる。

任意の団体を通じて一緒に行動するだけでなく、必要な権限を持つ政府を通じて一緒に行動することが、公益につながる。実際、社会福祉は、自由主義者が言うように、農民や商人の私的な利益の追求だけを通じて向上してきたわけではない。明確に規定された権限を持つ強力な政府の介入を通じて向上してきたことも忘れてはならない。

グローバル化や金融化の結果、企業の力は増大し、労働者の立場は弱くなった。それにより、成長は鈍化し、格差は拡大し、大多数の国民の生活が次第に悪化した。テクノロジーの進歩は、さらに事態を悪化させる可能性を秘めている。しかしこうした問題は、いずれも避けられないものではなかった。この変化に対処する方法はほかにもあった。別の形で対処していれば、勝者がもっと増え、敗者がもっと減っていたことだろう。

市場はこれまで、経済のルールが認めること、奨励することを行ってきたが、そのルールの変更が必要だ。そのためには、共同行動が欠かせない。この変わりゆく経済の中では、右派の多くが望むような政府の役割の縮小ではなく、政府の役割の拡大こそが求められている。

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