東京都多摩ニュータウン−−高齢単身者を支えるコンビニ「御用聞き」 一人暮らし増加が変える街の風景

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 「おたくのおでんを食べたいんだけど、家まで届けてくれないかしら」。店がオープンして間もない01年秋。御用聞きを始めたのは、お客からの一本の電話がきっかけだった。病院から退院したばかりで、店へ行くのに不自由している、出前をお願いできないだろうか。お客はレシートに印刷された番号を見て、電話をかけてきたという。

 当時はまだコンビニに御用聞きという発想はなかった。それでも同店オーナーの園部亨さん(38)はお客の要望に応えることにした。高齢のお客が日常の買い物に難儀する姿を、店内でよく見かけていたからだ。

 その後もお客の個別の配達注文には応じてきたが、手作りのビラを配り、本格的に取り組み始めたのは2年ほど前から。朝10時から夜7時までの間に電話があれば、できるだけ早く、配送料無料でお客の元へ注文品を届ける。

 徒歩か自転車での配達が多いが、中には店から1キロメートル以上も離れたお客に、車を使って配達する場合もある。現在は園部さん夫婦だけでなく、アルバイトを含めた24人全員で手分けして御用聞きに回る。

 和田団地に住む柳沢実さん(68)も、御用聞きサービスを利用する1人だ。団地から店までは300メートルほどしか離れていないが、足が不自由な柳沢さんにとって、なくてはならないサービスになっている。柳沢さんは「特に雨の日は便利。近くのスーパーにはすっかり行かなくなったよ」と笑う。

エレベーターなし団地
で「御用聞き」


 柳沢さんは72年に団地に入居し、現在ひとり暮らし。10年ほど前に奥さんを病気で亡くし、娘さん2人もそれぞれ独立した。柳沢さんはたばこが切れるたびに、弁当やサラダなどと合わせ定期的に注文する。自宅に友人を招くことも多い柳沢さんにとって、いつでもすぐに配達してくれる御用聞きはとても重宝だという。

 園部さんはおにぎり一個でも、あるいは公共料金の収納代行だけでも出向く。時には店の売り上げとは関係のない、ハガキの投函なども引き受けることがある。相手との長期的な関係構築を狙って汗を流す、文字どおりの御用聞きだ。

 御用聞きの売り上げは今年に入っても月を追うごとに伸びており、4月は約64万円に拡大した。セブン全店の1日当たり平均売り上げは61万円。何しろ人手がかかるので、短期的な利益にはつながりにくいだろう。しかし、フェース・トゥ・フェースの御用聞きを繰り返すことで蓄積された情報は、地域に根付くコンビニにとって大きな武器だ。

 高齢・単身社会では人間関係が希薄になりやすいが、御用聞きはその逆をいく。ローテクながらハイタッチ。「串団子なら今日はこんな新商品が入りましたよ」。お客の嗜好まで把握できる御用聞きでは、園部さんから商品を提案することもある。柳沢さんは園部さんの薦めで、先日セブンが始めた独自規格の電子マネー「nanaco」にも入会した。

 現在御用聞きを利用するお客は約70人。そのうち柳沢さんのような高齢者が半数以上を占める。団地にはエレベーターがないため、店から近くても、団地の4~5階に住む高齢者の利用が多い。

 ほかにも育児中の主婦の利用に加え、運動会など地域行事の際に、弁当などをまとめて注文をするといった事例が出てきた。

 先日、柳沢さんの団地に新しく引っ越してきたのは、ひとり暮らしの77歳だった。高齢者のひとり暮らしが増える多摩ニュータウン。そこには日本が将来迎える社会が先取りされているかのようだ。
(週刊東洋経済07年6月9日号より)

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