「外出自粛」それでも出かける人を抑える方法 日本人は「お願い」だけでは行動を変えない?

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むしろ、「自粛して出歩かない人が多い」ということを積極的にメディアで取り上げるべきではないでしょうか。

行動経済学では「バンドワゴン効果」とか「同調効果」などと呼ばれる心理現象があります。これは、「人は一般的にほかの人と同じ行動をとっていれば安心する」という心理を表す現象で、多くの人が行動するのと同じように自分も行動しがちになる傾向のことをいいます。

例えば、メディアで閑散とした都心部を映し、キャスターがこう言ったとします。「ご覧のように、都心はほとんど人がいません」。そして、個人のマンションや住宅をキャスターが訪ね、在宅の人にインタビューするのです。

そこで「やっぱり家にいないと不安だからね」「家にいるのがいちばん安心ですよ」といったコメントが出てくれば、テレビを見ている人はどう感じるでしょう。「みんな家にいるのであれば、自分も出かけないようにしよう。やっぱり家にいたほうがいいのだ」と考える人が増えるだろうと思います。

多くのメディアがそうした報道を行うことによって、人々の行動を好ましい方向、この場合は家にいて、出歩かないという方向へと誘導することができる可能性があります。これは行動経済学で「ナッジ」と呼ばれる手法です(間違った形で使わないよう、当然のことながら倫理的な配慮が求められます)。

行動経済学の知見を活用して呼びかけるべき

2017年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授は『Nudge(邦題:実践行動経済学)』をタイトルにした本を書きました。ナッジとは「肘(ひじ)でつつく」という意味で、強制的に人々を特定の行動に向かわせるのではなく、自然にそちらへと向かうように誘導することです。私たち日本人はほかの国の人々と比べると同調圧力が強い傾向があるといわれていますから、他人がどうしようと自分は自分だという欧米と違い、わが国では効果が高いのではないかと思います。

同調圧力の例として、こういうものもあります。ある団体が会員に年会費を請求する案内を出します。ところが何回か督促しても会費を払い込んでこない会員がいます。

そういう人に対しては、「早く払い込んでください」とメールでお願いしてもあまり効果はありません。「払い込まないとあなたにこんな不利益がありますよ」という脅しとも言えるような文言を入れると多少は効果があるものの、完全ではありません。では、どういう督促メールを送ると一番効果があるか?

それは「現時点で会費を払い込んでいない会員はあなただけです」といった意味で案内文を作って出せば、ほとんど1人残らずすぐに払い込んでくれるといいます。まさにこれも同調圧力を利用した案内が非常に高い効果をもたらしている事例といっていいでしょう。

このように行動経済学を活用することにより、社会制度をデザインするうえで高い効果が得られるケースはほかにもたくさんあります。それらが社会的にいい方向へと人々を誘導できるなら、大いに活用すべきだろうと思います。とくに現在は、ウイルスの感染拡大を防がねばならない非常時です。多くの人への自粛行動を呼びかけるにあたっては、行政とメディアが協力しながら行動経済学の知見を使うことを工夫してみる必要があるのではないでしょうか。

大江 英樹 経済コラムニスト、オフィス・リベルタス代表

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おおえ ひでき / Hideki Oe

大手証券会社で25年間にわたって個人の資産運用業務に従事。確定拠出年金ビジネスに携わってきた業界の草分け的存在。日本での導入第1号であるすかいらーくや、トヨタ自動車などの導入にあたりコンサルティングを担当。2003年から大手証券グループの確定拠出年金部長などを務める。独立後は「サラリーマンが退職後、幸せな生活を送れるよう支援する」という信念のもと、経済やおカネの知識を伝える活動を行う。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書に『自分で年金をつくる最高の方法』(日本地域社会研究所)、『知らないと損する 経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)などがある。

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