EUは3度目にして最大の危機でも「内輪もめ」 「非戦の誓い」を忘れれば、反EUの機運高まる

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一部ではコロナ債という耳慣れないフレーズも報じられている。24日のユーロ圏財務相会合で、ラガルド総裁が新型コロナウィルス対策を目的として1回限りを条件に求めた特例債らしい。これはブルームバーグが25日に2名の匿名当局者の話として報じた話なので真偽は定かではない。

だが、翌26日にはイタリアやフランスを含む9カ国の首脳が、やはり新型コロナウィルス対策費を大義としてEU共通債の発行を呼びかけたことが、明らかにされており、おそらくこれがラガルド総裁の主張していたコロナ債の落としどころになっているようにも読める。

なお、9カ国とはイタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、アイルランド、ベルギー、ルクセンブルク、スロベニア、ギリシャであり、案の定、ドイツやオランダといったタカ派寄りの国々は入っていない。ちなみに、27日時点の続報としてESMが「ソーシャル・スタビリティー・ボンド」または「コロナ債」という名称で一時的な債券を発行する可能性があるとも報じられているが、現時点では最終案はまだ定かではない。

ESMの利用、共同債の発行で条件を緩和できるか

前述のように、ESM&OMTの利用まで踏み込む必要は今のところなさそうに思える。だが、もともと共通債の実現はEUの重要な改革事項の1つであるし、今ほど共同体としての結束が試されている局面もないだろう。1回限りと言わず、危機を契機として将来につながる構想を描く動きになればと期待したい状況である。おそらくラガルド総裁は「中銀としてできることは全部やったので政府も協力して欲しい」という思いで呼びかけたのだと思われる。しかし、その願いは一部の加盟国高官にはまだあまり届いていないようだ。

結局、政治側に期待されたESMの活用について、今のところ具体的な合意が得られていない。3月24日に公表されたユーログループの声明文ではESMを予防的手段として使用することに対して幅広い支持があったとうたわれているが、ESMはあくまで被支援国が手を挙げて使うものだ。「宿題」が必ず付いてくる今の条件では誰も好き好んで使うまい。

ESMが発行する債券をコロナ債と呼ぶのかどうかはさておき、債務危機を前提とした設計思想をどこまで修正できるかが、今後の見どころである。換言すれば「利用条件をどこまで大目に見られるか」である。もちろん、寛容になり過ぎれば、利用国にとって単なる国債発行と境目がなくなるので、年限は短く設定されることが望ましい。細かな仕様については続報を見極めたいところである。

これまでEUはたくさんの危機を経験してきた。今直面している疫病危機は債務危機、難民危機に続く第3の危機と言って差し支えない。だが、多くのEU市民の生命がかかっている今回ほど、統合の真価が問われる危機は過去にはなかった。EUは2度の大戦を経て「非戦の誓い」から生まれたプロジェクトである。債務危機では財政の出し渋りでもめ、難民危機では流入してくる移民・難民の押し付け合いでもめた。

今回の疫病危機では医療物資の囲い込みをめぐって内輪もめを起こし、すかさず中国につけ込まれたとの見方すら出ている。以上見てきたように財政支援をめぐる恒例の内輪もめも健在だ。これではポストコロナの時代を迎えた時に、今よりもさらに反EUの機運が高まるようなことはないだろうか。英国に続く第2の離脱国を出さないためにも、加盟国間で禍根を残さない政策対応が今、求められているだろう。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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