田中将大とノムさん。最強の師弟ストーリー TBSプロデューサーが見た、2人の天才

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最も印象に残っているシーン

野村が田中に口を酸っぱくして説いたのが、“原点能力”だ。野村による造語で、投手にとって大事なのは、ピンチでいかに外角低めにストレートを投げられるかということだ。打者の目から遠く、打球が飛びにくいアウトローに思うように投げられれば、投手は一流になることができる。

そんな野村の教えに耳を傾け、田中は制球力に磨きをかけた。後に日本を代表する右腕投手にとって、名将はかけがえのない存在だった。横山がふたりの師弟関係を強く見たのは、2009年のクライマックスシリーズ(CS)だ。

楽天を初めてのポストシーズンに導いた野村だが、球団の方針により、CSを前にこの年限りの退団が決まっていた。横山は仙台で行われたCS第1ステージ初戦が始まる前、「解任が決まっている野村監督が試合直前、選手たちに何を伝えるのかを撮影したい」と本人に直訴し、特別にチームミーティングでカメラを回すことを許された。

ソフトバンクとの決戦を控える選手たちの前で、感極まった野村は涙をこぼした。指揮官の強い気持ちは選手に伝わり、楽天はソフトバンクに2連勝して第2ステージに駒を進める。しかし、リーグ優勝した日本ハムに打ちのめされ、野村は通算24年間の監督生活に幕を降ろした。

横山が札幌ドームの1塁側ベンチに目をやると、涙ぐんでいる田中の姿があった。前日に完投勝利を飾った右腕はこの日、出場機会がなかった。それだけに、「何もできなかった」という無念を募らせたのかもしれない。横山は田中を見て、そんな思いをくみ取った。

「将大は、チームの勝利のためなら自分を犠牲にしてでも連投するような気持ちがあるピッチャーです。涙ぐむ姿を見て、『本当にチームをいちばんに考えているのだな』って感じました。『プロでも泣けるんだな』って。だって、あの試合で野球人生が終わるわけではないじゃないですか。彼を取材し続けてきて、最も印象に残っているシーンです」

ノムさんの教えを体現したピッチング

それから4年後の2013年。田中は楽天を日本一に導いた。投げるたびに勝利をもたらし、自身も前人未到の連勝街道を歩んだ。

連勝が10を超えて20に近づきつつあった夏場、「S☆1」の生放送を控えたTBSの局内で野村がふと、横山につぶやいた。

「俺が現役のときにマー君の球を受けていたら、どれだけ勝たせられたんだろうな」

野村にそうした気持ちを抱かせたのは、田中が教えを忠実に守っていたからだと、横山は想像している。象徴的だったシーンが、9月26日、楽天が初優勝を決めた西武ドームでのマウンドだ。

4対3でリードして迎えた9回裏、田中はこのシーズン初となる救援マウンドに登った。1死2、3塁と1打逆転のピンチを迎えると、ここから真骨頂を発揮する。3番・栗山巧には150kmを超えるストレートを外角低めに3球続け、一度もバットを振らさずに見逃し三振。続く浅村栄斗には5球続けて150kmを超えるストレートを投じ、最後は外角低めのストレートでバットに空を切らせた。

野村はこのときの映像を見ながら、まるで自分の息子を見るように喜んだ。その姿を見て、横山も胸の高鳴りを抑えることができなかった。

「ドラマがあるなって思いました。将大はピンチで変化球を投げず、野村監督に教えられたアウトコースにストレートを投げ続けて、チームを優勝させたわけです。ドキッとしましたね。その背景には、2年目に球速を追い求めたときの失敗があったからだろうし。野村監督がうれしそうに見ている姿も印象的でした」

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