《財務・会計講座》伊藤園の優先株式に見る少数株主にとっての議決権の価値

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●株主構成変更という、伊藤園の優先株式発行の狙い
 伊藤園によると、この第1種優先株式の発行理由は、「個人株主の意見を聞いていると配当を増やして欲しいという要求が非常に多い。一方で個人株主の議決権行使比率は上昇してきているものの約3割にとどまっている。配当が高く議決権の無い株式はこうした投資家のニーズに応えるものだ」(伊藤園・本庄社長談、2007年9月4日付け日本経済新聞)ということである。

 この第1種優先株式は、同社の普通株主全員にその所有する普通株式1株に対して0.3株の比率で割り当てられた。2007年9月3日の優先株式上場初日には、「高配当に着目した一部の個人株主などが買いを入れたようだが、東証株価指数(TOPIX)などの株価指数に連動する運用をしている機関投資家が割り当てられた優先株式を運用対象外として売却する動きがあったという」(同日付け、日本経済新聞)ということで、個人株主にはある程度受け入れられたようであるが、機関投資家は優先株式の割り当てを必ずしも歓迎していないようである。

 伊藤園は、配当は高いが議決権の無い優先株式を資金調達手段として活用し、「資金調達の選択肢を広げること」(伊藤園・本庄社長談、2007年9月4日付け日本経済新聞)を目的としていたが、これは会社側として株主を選択することでもあった。

 実際にその後の株主構成を見ると、下の表-2の通り、2009年4月末現在の普通株式の株主構成は「個人・その他」が37.4%に対して、「その他法人+外国法人等+金融機関」合計の所有割合は60.3%。一方の優先株式は、「個人・その他」が43.9%に対して、「その他法人+外国法人等+金融機関」合計の所有割合は50.6%と、確かに個人株主の優先株式支持率が若干高いことは事実である。しかしながら、株価の格差を考えると、株主を選択することの対価としてのコストはかなり高いように思われる。

表-2 伊藤園の所有者別株式所有割合
2009年4月30日現在
出典:伊藤園「平成21年4月期 株主の皆様へ」(事業報告書)
 その後、伊藤園に続きソフトバンクが2008年5月8日に、議決権は無いが普通株式より配当が2~5倍多い無議決権優先株式の発行準備に入る旨を発表したが、一部の個人株主や機関投資家に嫌気され、5月20日には発行準備の中止を決めた。「発表直後から、優先株を使ったエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)に関する問い合わせが相当数に達した」、「6割強を占める個人株主を念頭に『増配や無償分割を求める声にも対応できる』(孫正義社長)。将来の選択肢として孫社長は『買収したいところが出てくれば、これを使った買収することもある』としていたが、多くの株主はこの部分を強く意識したようだ」(2008年5月21日付け、日本経済新聞)。

 高配当の優先株式は、ソフトバンクでも、会社側が当初意図した思惑に反し、個人株主の支持を取り付けることができなかった。伊藤園の場合と同様にソフトバンクでも、少数株主は議決権の価値を予想以上に高く評価しており、無議決権優先株式の発行にあたっての市場とのコミュニケーションの難しさを物語っているといえるようだ。
《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年12月3日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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