【足達英一郎氏・講演】世界経済危機下のCSR(後編)

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●世界経済危機のもとでCSRの取り組みはどうあるべきか

 今のような世界経済危機下でCSRの取り組みはどうあるべきか。私は5つの選択肢があると考えている(正確には、1プラス4と考えてもよい)。

 第1番は、不祥事防止には注力するが、企業業績が回復するまで新たな取り組みは行わないというものだ。もし、このような企業が現れたとしても、その企業の業績が、従業員の整理をする、あるいは経営資源を売却するというところまで追い詰められているのであれば、CSRピラミッドの論理に従って、このような判断をする企業があっても決して非難されるものではない。
 そのうえで、志のある企業の場合には、残りの4つの選択肢もある。

 その1つが、第2番目の、今こそ海外の労働問題に感度を高める必要があるということだ。実は海外における日本企業がかかわっている労働争議がこの数カ月で、たいへんに増えている。たとえばフランスで日系企業の幹部が監禁されるとか、ベネズエラで日本企業の組合の代表者が何者かに射殺をされるとか、インドネシアで日本のメーカーの工場撤退問題で大きな労働争議が起きていることなどがある。日本の新聞には、こういう問題があまり載らないが、たとえばOECDの多国籍企業ガイドラインに対して、もっと世界を挙げてこういう問題に取り組みを進めていこうというサミット宣言も出ている。7月8日からのイタリアのサミットでもCSRが議論される予定になっており、そういうときに海外の労働問題で日本企業に対する批判が出る可能性もある。つまり、2009年のCSRのポイントは、海外の労働や人権の問題ということができる。

 そして第3番目が、業績に貢献するCSRに注力することだ。簡単に言えば「儲かるCSR」を追求していこうという姿勢だ。これも評価されると思う。たとえば三菱電機は、2008年の経営計画の中に環境経営と環境事業の推進戦略を据えて、2015年に向かって年平均8%の成長を目指すと明確なコミットメントを出している。こういうコミットメントは、わかりやすいメッセージになるだろう。

 第4番目は、他社が取り組みを躊躇しているタイミングこそ、自社が断トツの地位を獲得するチャンスだということだ。自社が断トツを獲得できるところを絞り込んで、取り組みを進めていくということが選択肢だろう。日本の場合、CSRは、「おしなべて」ということが多いが、この機会に断トツ企業を目指すということだ。最近、パナソニック、積水化学、リコーテクノシステムズ、富士ゼロックスなどが「断トツ」という言葉を使ってCSRのマテリアリティを表現しているが、こういうことが重要になるだろう。

 第5番目が、これからの経済システムは、規制などで政府に主導されるおそれが強くなってきているということだ。そのとき、過剰な政府規制を横行させないために、今こそ企業側から率先活動していくという姿勢が必要だ。「われわれは、法律で規制される前に、ここまでやるから法律はいらない」ということを、身をもって示そうとする企業が、これから数年間の「最も称賛される企業」になるだろう。

●2009年のCSR報告書に必要なものは

 以上のように見てくると、2009年度の報告書では、まず海外情報の充実が必要になってくる。2つ目は、本業におけるCSR、あるいはCSRイノベーションに関連する情報の充実が必要になってくるだろう。3番目は、自社の強みとするCSRの取り組み。つまり、「この領域は断トツである」と胸を張って、自信を持って言える情報が評価されるだろう。そして、市場と規制のあり方についての自社もしくは経営者の考え方がきちんと表明されている報告書が重要になってくるだろう。
 現下の経済不況の中で、CSRにどのように取り組むべきかを考えるとき、私は、以上のような所感を有している。
(終)

[当講演は2009年5月14日に開催されました]
足達英一郎(あだち・えいいちろう)
株式会社日本総合研究所 ESGリサーチセンター長。
1986年一橋大学経済学部卒業。環境問題対策を中心とした企業社会責任の視点からの産業調査、企業評価を担当。金融機関に対し社会的責任投資のための企業情報を提供。
主な共著書に『図解 企業のための環境問題』(1999年、東洋経済新報社)、『SRI 社会的責任投資入門』(2003年、日本経済新聞社)、『CSR経営とSRI』(2004年、金融財政事情研究会)、『地球温暖化で伸びるビジネス』(2007年、東洋経済新報社)等。
社団法人経済同友会「市場の進化と21世紀の企業」研究会ワーキング・グループメンバー(2002年度)。ISO/SR規格化作業部会日本エクスパート(~2008年度)。
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