ベトナムで亡霊の如く漂う「原発安全神話」 日本に絶大な信頼を寄せるベトナムの人々

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タイアン村の生業

タイアン村を含むニントアン省は、南北に細長いベトナム国土のやや南寄りに位置する。省都ファンランはベトナム最大都市ホーチミン市の北、約300キロメートルの距離にあり、車で飛ばしても8~10時間ほどかかる。

ニントアン省など中南部各省は人口密度が低く、工業化もあまり進んではいない。「人の少ない、都市部から離れた場所」。地元の関係者によれば、それがまずは原発立地の優先条件だったという。

開発が進んでいない代わりに、タイアン村周辺は豊かな自然が残されている。すぐ沖合は良好な漁場で、砂浜は貴重なアオウミガメの産卵場所だ。眼前のきれいな海の水を利用して、ベトナム随一と称される塩作りも行われている。気候は穏やか。だが、雨は少ない。稲作には適さず、にんにくや唐辛子の栽培などがよく行われている。

そんなタイアン村で、グォーさんはブドウ生産などで生計を立てる農家だ。“海”ではなく、果物のブドウは昔からの地域の特産品である。

彼は年間、2000平方メートルのブドウ畑から1億8000万ドン(約90万円)、1000平方メートルのにんにく畑から1億ドン(約50万円)、合わせて2億8000万ドンほどの稼ぎがあるという。これに対しての移転賠償金は3億ドンあまり。彼の1年間の収入とほぼ変わらない額でしかない。

「ただ土地をもらうだけで、畑を作ったり、家を建てる資金は含まれない。苦労して作ったブドウ畑だからね。村を離れるのは仕方ないとしても、喜んで畑を手放す人なんていないさ」

現在、国が村民に示した農地への保証金は1000平方メートル当たり、ブドウ畑が1億2000万ドン、にんにくなどその他の畑は8000万ドンだという。グォーさんたちの要求は1000平方メートル当たりそれぞれ2億ドン。隔たりは少なくない。

計画が持ち上がってから、村内には原発建設地の地図と、移住先の村の完成図が大看板にして建てられている。整備された港、モダンな住宅や商業施設。そこには今のベトナムのどこにもない夢のような未来都市が描かれていた。

建設決定から3年余り。見ればその看板はもうすっかりすすけ、どこに原発が建つのかもはっきりわからなくなっていた。

亡霊のように漂う“安全神話”

「でも、この村で原発に反対している人はいない。問題なのは賠償金だけであって、原発の安全は心配していない」

最初に会ったときからグォーさんは、自分の村にできる原発の安全性について不安を見せることがなかった。今でもそこに変わりはない。

彼だけではない。ほかの村人からも同様の声を聞く。村の真ん中にある市場で野菜を売る女性も、学校帰りの小学生たちも、原発の計画看板前に住む男性も、原発への不信感などまるで見せない。

もっと言えば、タイアン村の人たちに感じるのは、原発自体への非常に薄い関心である。

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