米中貿易合意のカギ握るアイオワ州の重要意義 因縁の地巡る大統領と国家主席の出来レース

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そもそも中国という国は、世界最大の14億人の人口を抱え、世界人口の20%近くを占める。その中国は意外なことに、世界の農耕地の約9%しか持っていない。

「95%の食料自給」が基本であったことからすれば、これまで世界のわずか9%の農地で、世界の約2割の人間を養ってきたことになる。しかも、その農地のうちの約2割は汚染地だったのだ。

それが現実だった。中国は食料生産には適さない大地と化していたのだ。

そこにホームステイで見たアイオワ州の稔りの大地。習近平が同地を再訪した2012年、歓迎式典が行われた一夜にして、大豆の自給率7%の日本の2年分の輸入額にあたる43.1億ドルの大豆買い付け契約を結び、この年のアメリカ産農産物の取引額が260億ドルと、これまでの最高を記録している。いうなれば、かつてのホームステイ先で、中国の食料政策の先鞭を習近平が自らつけていたことになる。

しかも、この当時のテリー・ブランスタッド同州知事は、習近平がホームステイ当時から断続的に長期にわたって知事を務め、トランプ政権においては2017年に駐中国大使に任命されている。トランプ大統領も、そのあたりの事情は熟知している結果だ。

米中合意の完全な妥結に向けアイオワ州の影響は大きい

今年1月15日にホワイトハウスで調印された米中貿易戦争の「第1段階の合意」では、中国はアメリカからの輸入を2年で2000億ドル増やすことを約束している。そのうち工業品が777億ドル、液化天然ガス(LNG)などエネルギーが524億ドル、そして農畜産品が320億ドルになるとされる。

その見返りにアメリカは、昨年9月に発動した制裁第4弾のスマートフォンやパソコンの部品、衣類や靴などの日用品などの中国製品に課した追加関税(1200億ドル分)を15%から7.5%に引き下げる。しかし、それ以前の制裁第1弾から第3弾までの追加関税(2500億ドル分)の25%は維持されたままだ。米中貿易戦争の収束からは程遠い。

今年も2月3日のアイオワ州の党員集会から大統領選挙がスタートする。トランプ大統領は「早期に第2段階の交渉を始める」とする一方で、「合意は11月の選挙後になるかもしれない」とも話している。これはもはや、貿易戦争で中国向け穀物輸出のあおりを食らった同州をはじめとする選挙対策であることは言うに及ばず、あえて中国のこの時期の合意は、すなわち習近平国家主席が大統領選挙の動向に大きな影響を及ぼしているともいえる。

いま、中国では「アフリカ豚コレラ」による、また違った“汚染”が進み、豚肉の生産が落ち込んで、飼料穀物の需要も落ちている。だから今はいいようなものの、中国にとっても穀物輸入は、対米貿易の全体の落ち込みも含めて、やがては妥協しなければならないことであって、まさにアイオワの因縁による「出来レース」を大統領と国家主席が演じているようなものだ。

それでも、いまやキャスティングボートを握っているのは、はたしてどちらだろう。トム・ソーヤーに憧れた中国の国家主席は、大好きなアメリカを追い越し、やがて世界の覇権を握ろうとしている。それもこれも、習近平だからこそ、若い頃に見たアメリカへの憧憬が育んだ野望であり、その駆け引きはそのまま世界を揺るがすことになる。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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