乗務するのは誰だ? JRが挑む「自動運転」の成否 ボタン押せば動き出すが、万一の際は…

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では、ドライバーレス運転を行う係員にはどのような要件が必要となるのだろうか。

発車ボタンを押した後は自動運転となるという点では、運転士ほどの知識や技能は必要ない。しかし、香椎線を含むJR九州の多くの路線には踏切があり、駅にはホームドアがない。そのため、線路上に人や動物が立ち入る、自動車が踏切で立ち往生する、上から障害物が落下する、線路脇の民家で火災が発生し走行中の列車が巻き込まれる等々、さまざまなリスクがある。

こうした異常事態に備え、自動運転中でも係員は前方の安全を確認し、異常時は非常ブレーキをかけて列車を停止させることが求められる。そう考えると、乗務するのは誰でもいいというわけにはいかない。JR九州の担当者は「車掌以上、運転士未満といったところでしょうか」と話す。ある程度は運転に関する知識や技能が必要ということになるが、安全性を重視すると、運転士に代わる新たな資格が必要となるかもしれない。

非常停止をためらうおそれも…

国土交通省は自動運転の検討会でさまざまな問題を議論している。都市鉄道と地方鉄道では運行を取り巻く事情が異なるため、それぞれを切り分けて議論が行われている。JR九州は地方鉄道に該当する。

地方鉄道の検討会では、ATCの代わりにJR九州のようなタイプのATSを使った自動運転は可能かどうかに加え、次のような議論もされている。線路上に異常が認められた場合、運転士であれば、いきなり非常ブレーキをかけることはせず、状況に応じて速度を緩めるなどの対応が取れるが、ドライバーレス運転の場合は係員がいきなり非常ブレーキをかけることになる。しかし、非常停止した結果、定時性が損なわれる事態を想定すると、「係員が非常停止操作をためらうおそれもある」。

また、強風時などには速度を落として走行する必要も出てくる。この場合、指令所からの指示で係員が臨時の速度設定を行うことになる。さらに、事故が起きた際には後続の列車や対向列車に危険を知らせるといった対応も必要になる。

こうした状況に適切に対応するためには、係員は運転に関する適切な技能と知識をしっかり身に付ける必要がある。そして必要な知識や技能のレベルを高くすればするほど、どんどん運転士に近づいていく。これでは運転士不足解消の役には立たない。安全性を十分に確保した上でドライバーレス運転係員になるための要件をどのレベルに設定するかは悩ましいところだ。

ホームドアや列車内の液晶モニターとは違い、ドライバーレス運転のメリットは利用者にわかりにくい。しかし、将来の人手不足を考えると放置することができない課題である。安全性に留意しながら徹底的に議論する必要がある。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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