セパージュ時代の到来(2)作品第一:オーパス・ワン《ワイン片手に経営論》第16回

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■新たな概念と技術がワイン業界を変えた

 こうして、ジョイント・ベンチャーを始めた翌年の1979年には、早くもオーパス・ワン最初のヴィンテージを造りあげました。そして、二年間の熟成の後、1981年6月21日に最初のケースが市場にリリースされオークションにかけられたのです。初値は、1ケース2万4千ドル、一本あたり2000ドル。カリフォルニア・ワインとしては、当時最高の価格をつけたのでした。これは成功といって良い結果です。そして、オーパス・ワンはアメリカを代表する高級ワインとして、現在に至るまで不動の地位を築いています。なお、最近のヴィンテージは一本2万円から3万円で流通しているようです。

 私自身、オーパス・ワンを一度飲んだことがありますが、そのワインはどことなく上品さを醸し出しつつ、ボルドー特級畑のワインと、香りや味わいが似ており、ロバート・モンダヴィとムートン・ロートシルトが目指したコンセプト通りのものであると感心したことを覚えています。このオーパス・ワンは、アメリカに出張したときに買って帰ってきたもので、お店に持ち込み、知人と飲んだのでした。カベルネ・ソーヴィニョン主体の高級ワインというのは、多くの場合、実際に飲むより1~2時間ほど早めに抜栓しますが、この時も、お店の方が気を利かせて、早めに抜栓してくれていました。

 こうして、まずはオーパス・ワンによって「セパージュ主義」というワイン造りの思想が通用することが、まずは一つの事例として検証されました。優れた品種を軸に、優れたワインが造られたのです。

 従来のフランスを中心とした「テロワール主義」的ワイン産地にとって、差別化とは、「どこで造られたか」という土地を主張することであり、さらに同じ土地の中では、「だれが造ったか」を主張することでした。土地という動かすことの出来ない前提の中では、一度押さえられた既得権をだれも崩すことが出来ませんでした。伝統の中で、「テロワール主義」という概念すら意識するまでもなく、ある意味ビジネスの占有権は守られてきたのです。

 一方で、アメリカ、チリ、オーストラリアといった「セパージュ主義」的ワイン産地にとって、差別化とは、「なんの品種で造ったか」をまず主張することであり、同じ品種の戦いであれば、「だれが造ったか」を主張することであるのです。品種は持ち運びが可能です。そこには占有権は存在しないため、だれもが自由にワインビジネスに参入し、ワインの美味しさを競うことが可能なのです。こうした概念の登場と、概念を支える技術の確立は、ワイン業界を極めて流動的にしていくこととなったのです。

 そして、丁度このころ、市場サイドでは、まさに胎動ともいうべき出来事が起きていました。これまで、お話してきたテロワール主義、セパージュ主義、そしてその融合は、すべて生産側に関するものでしたが、次第に市場側の動きがでてきたのです。ワイン評論家ロバート・パーカーとワイン醸造コンサルタントのミッシェル・ロラン。セパージュ主義的動きを一気に突き動かす二人の役者の出番でした。次回は、市場側でどのような変化が起きてきたかをお話をしていきたいと思います。
*参考文献 
Harvard Business School, Robert Mondavi: Competitive Strategy
Harvard Business School, Robert Mondavi and The Wine Industry
ロバート・モンダヴィ、『最高のワインをめざして ロバート・モンダヴィ自伝』、早川書房
Robert Mondavi, Harvests of Joy, Harcourt Brace
ヨアヒム・クルツ、『ロスチャイルド家と最高のワイン』、日本経済新聞社

《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年10月8日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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