(第21回)酒の話あれこれ・その1

山崎光夫

 酒にまつわる話はおおむね失敗談が多い。
 ほどほどに飲んでいれば百薬の長なのだが、そう行かないところが酒の魅力?ではある。
 酒酔い運転はもっての外だが、つい飲みすぎて、財布を落とした、終点まで寝過ごした、土産を置き忘れたなどは酒好きの大方が経験済みであろう。ついつい飲みすぎる。

 大酒飲みの夫を酒嫌いにする方法として私がきいたのは、みそ汁作戦。これはみそ汁に日本酒を少々まぜて毎日出すという方法である。これを続けると、件(くだん)の夫が日本酒を飲むとみそ汁の味が口中によみがえり、美味しくないという。この方法を実践した人によると、日本酒を飲む機会が減ったというから、少しは効果があったようだ。だが、ビールをはじめ、日本酒以外の酒は相変わらず飲んでいるというから焼け石に水ではあった。

 医療の分野では、「嫌酒剤(けんしゅざい)」が認可されている。これはアルコール依存症のリハビリに使用される薬で、服用している時に酒を飲むと、アルコールが分解される途中でできるアセトアルデヒドが体内に長時間にわたり滞留する。吐き気、頭痛、呼吸困難など、二日酔いをさらに悪くしたような症状をきたすので、再び酒を飲もうという気が起きなくなる。これで酒を飲まなくなれば周囲も平和になるが、そうはならないところが酒の魔力?ではある。
 当の本人が嫌酒剤を飲まずに、酒のほうを飲むのである。元の木阿弥の典型例である。  私の知人にも、自称「征夷大酒軍・酒の上のだめだ麻呂」がいる。明らかに、「征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)」のもじりである。何度警察の厄介になったかわからない。この男、年中二日酔いに苦しんでいるので、その方面の研究に熱心である。
 いろいろな対策法をとった。とにかく水を大量に飲む、風呂にはいる、朝に迎え酒を飲む、ビタミンCの大量補給、牛乳、柿茶、トマトジュースをそれぞれ単独で飲むといろいろ試した。が、結局、決定打はなく、不快な気分が解消されるのをひたすら待つしかない。
 時間が良薬である。

 大量の酒により体内にたまったアセトアルデヒドはできるだけ早く放出しなければならない。酸素を体内に供給して循環をよくするのが得策である。
 一般的にいわれるのは、飲みすぎたと思ったらひと駅前で下車して歩いて帰宅する方法である。風にあたれば誰でも酔いも少しは醒める。
 ただし、深夜なら足元や車に気をつけねばならない。

 かの、「征夷大酒軍・酒の上のだめだ麻呂」が秘策を思いついたという。深酒したら、妻相手に愛の時間を持つのがよいとすすめる。ベッドでの小体操が酸素循環をよくし、そのすっきり感で快眠も得られたという。
 「まさに秘術だ」
と真っ赤な顔をして上機嫌である。
 だが、このときふと考えてみたのだが、今どき酔っぱらってふらふらの亭主に付き合う殊勝な妻がいるだろうかと思い至ると秘術も眉唾ものにきこえる。第一、60歳を過ぎ深酒して愛の時間とやらが可能なのか。
 こんな話をきかされると二日酔いは必定。ひと駅前で降りて歩いて帰ろう……。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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