ジョンソン首相のブレグジット合意は通るのか メイ首相協定案との違いと議会採決の行方

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最大野党・労働党のコービン党首も「旧離脱協定案より悪い」と述べたうえで、ブレグジットそのものを問い直す再国民投票を要請する始末で、取り付く島がない。さらに、身内である与党・保守党議員も全員が賛成に回る保証はない。もともと、数字上、野党勢力からの造反なくして過半数は獲れないので、協力者であったはずのDUPが離反した時点で戦況のまずさを感じる。

今後の展開は3つ考えられる。(A)合意あり離脱、(B)3カ月間の離脱延期申請、(C)合意なき離脱だ。明日の採決で承認に至れば、そのまま(A)合意あり離脱という最善のシナリオに着地できる。この際、事務的な延長期間を置く可能性もあるが、それはあくまで(A)のシナリオの範疇で、この場合、金融市場もリスクオンムードが支配的になるだろう。

またしても延期か、合意なき離脱か

水面下で調整が進められているであろうから予断を許さないが、上述したように、現時点の票読みを元にすれば、新離脱協定案が賛成多数で承認される可能性は高くない。その場合、ジョンソン政権は法的に(B)EUに3カ月間の離脱延期申請をする必要がある。

これは野党・労働党のヒラリー・ベン議員が提出した離脱延期法(通称:ベン法、BennAct)がすでに成立しているからで、「10月19日までに議会が離脱案を可決するか、合意なき離脱を承認しない限り、首相はEUに対して2020年1月31日までの離脱期限延長を要請すること」を要求して成立し、9月初めに大きな話題となった。

しかし、あくまでも英国の法律であって、延期申請をしてもEUがこれを承認しなければ結局は「合意なき離脱」に至ることは留意したい。EUの承認には全会一致が必要だが、少なくともマクロン仏大統領は反対を公言しているのだ。とはいえ、EU側が合意なき離脱の引き金を引くことになるため、結局、二の足を踏んで小幅に3カ月程度ならば延期を認めるという「欧州らしい」決着の可能性が高い。しかし、EUにも矜持があるので、「次の延期はない」くらいの明文化は求めてくるのではないか。

一方、ジョンソン首相の言動を見るかぎり、能動的に延期申請をするとはとうてい思えない。ベン法を「降伏法」と呼び、延期を要請するくらいなら「死んだ方がマシ」とまで述べて、法律遵守を求める訴訟まで起こされている。

というわけで、法的に求められても首相が延期要請をせずに(C)合意なき離脱というリスクは残る。ジョンソン首相がベン法を履行しなくて済む法的な「抜け穴」があるのかどうかは現時点ではわからず、一国の首相が議会で決まった法案を堂々と反故にするという展開は想定しにくいものの、10月31日に合意なき離脱となる可能性も現時点では相応に高いと、みておくべきだろう。

※本記事は筆者の個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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