フェラーリが、客にあえて1台少なく売る理由 ゲーム理論が教えてくれる付加価値の本質

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多くのコンビニエンスストアは、機会損失を極度に嫌う。だから、コンビニの棚にはコンビニ弁当やおにぎりなどがあふれかえっている。しかし、賞味期限切れの食材も出てくる。そこで、賞味期限切れ間近の商品は、店舗の負担で泣く泣く廃棄してきた。

世間から「食べられるのに捨てるのは問題だ」と批判され始めたことで、例えばセブンは賞味期限切れ間近の食材をポイント還元して売り始めている。機会損失を怖れて多めに売ることで、いろいろな問題が起こってくるということだ。

「欲しがる客の数よりも1台少なく売れ」

この逆を徹底しているのが、フェラーリだ。フェラーリは「欲しがる客の数よりも1台少なく売る」という考え方なのである。フェラーリの歴史をひもときながら、考えてみよう。

スーパーカーとしての性能を別にすれば、信頼性や品質面では、フェラーリよりも日本車やドイツ車のほうが高い。しかし、フェラーリは高いモデルで1億円以上。中古も高い。フェラーリは特別なクルマなのだ。

創業者のエンツォ・フェラーリは、レースドライバーだった。彼の最大の関心は「レースに勝つこと」。クルマを市販したのはレースの資金集めが目的だった。顧客にとってフェラーリを買うことは、フェラーリのF1活動を支援する意味があった。フェラーリの原点はここにある。

エンツォは、ビジネスマンとしての能力も高かった。顧客は、F1レースで勝ち続けるフェラーリのマシンを周囲に見せたいために買うのであって、車本体の完成度を必ずしも求めてはいない、と見抜いていた。

そこで市販車では遮音や空調はせず、仕上げ品質にもこだわらず、生産コストを下げるためにピニンファリーナという車の設計・生産委託会社に市販車の開発と生産を委託し、作ったクルマにフェラーリのロゴを付けて売り、その利益でレース活動資金を得ていた。

その後、後任のルカ・ディ・モンテゼーモロがトップに就任するとフェラーリは大きく変わった。「全世界から最高の部品を集約し、最高品質を目指す」という方針の下、開発体制を一新し、市販車の品質を向上させた。

「スペチアーレ」という、フェラーリの節目の年に出す限定生産モデルをシリーズ化したのもこの頃だ。どんなに大金を積んでも「スペチアーレ」は買えない。過去にフェラーリを最低数億円買った顧客のみが「スペチアーレ」を買う権利を持つ。しかも、厳重な審査を通らないと売ってくれない。2013年発表の「ラ フェラーリ」は、限定499台で1億6000万円。しかも、発売前に即完売した。

しかしなぜ「限定499台」なのか? フェラーリはかつて「フェラーリF40」という車を発売していた。当初400台の生産をうたっていたが、人気だったので最終的に1000台以上を生産。その結果、中古市場に大量のF40が出回り、特別感が消えてしまった。

そこで、後継のF50は「限定生産台数349台」とアナウンスされ、すぐ転売しない優良顧客のみに販売。即完売だった。そして、349台で生産を打ち切った。

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