漢方薬のトレーサビリティ確立に挑む、ツムラが対峙する中国産生薬の安全

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中国農家2万件が対象 記録回収率と精度が難関

現状では、製剤に付けられたロット番号から、生産者団体までは追跡が可能。ただ、どの農家がどの農薬を使ってどのように栽培したか、といった情報がまったくない。「農家に配る手順書の中で、使用を禁止する農薬73種など、ツムラ独自の厳しい基準を示している」(生薬本部調達課・原裕司氏)が、約2万軒の契約農家すべてが、手順書を熟読し順守しているかどうかは不明だ。

農家側の意識一つをとっても、メーカー側とはギャップがある。漢方医学自体は日本で生まれたため、中国に“漢方薬”の概念はない。「農家の人々にとって、生薬は単なる農産物。薬の原料を作っているという意識は低い」(関係者)という。

昨年5月、ツムラは、栽培方法や使用農薬などについて詳細な記録を求める用紙3枚を、約2万軒すべての農家に配布した。この3~4月にかけて用紙を回収、手書き記録を電子システム化する予定だ。そこに製品のロット番号を入力しさえすれば、医療機関からさかのぼって生産農家までの履歴が追跡できるようになる建前だ。ただし、最初にして最大の難関がある。記録用紙の回収率が100%であること、記録の精度が高いこと、という2点である。

精度については、農家側が記録用紙の内容を理解し記録できるかどうか、という根本的な問題がある。「識字率の低い地域では、集落のリーダーが各農家に代わって記録する」(原氏)という苦肉の策を練るが、内容は「○月×日にどの肥料をどれだけ与えたか」など詳細にわたる。特にインセンティブもない中で、どの程度徹底できるかは、まさに「やってみないとわからない」(同)。

食品のトレーサビリティの設計を専門とする、食品需給研究センター主任研究員の酒井純氏は、「問題は、生産者団体が記録し提供する情報が信頼できるかどうかだ」と話す。

信頼性を確保するには、農家や生産者団体への監査が欠かせない。「入荷量と出荷量の整合性をチェックするなど、記録された情報をチェックする仕組みが必要だ。第三者機関に監査を依頼する方法もあるが、(ツムラのように)ほぼ全量買い付ける場合は、自ら監査しやすいのではないか」(同)とも指摘する。

現在、一部の地域では、現地社員が2カ月に一回程度、生産者団体を訪問し栽培方法などの指導を行っている。ただ、監査と呼べるほどの厳しいチェックシステムには至っていない。記録のごまかしや記録用紙の未提出があれば、その生産者団体からは買わないなど、ムチの姿勢で臨む方針だが、生薬需要急増中の今、買い付け停止は現実的に難しい。社内からは、精度の高い記録にはインセンティブを与えては、とアメの方針を打ち出す声もある。

とりあえず、トレーサビリティ確立に向けた試行錯誤の第一歩は踏み出した。これをいかに早く、信頼できるシステムにまで高めていくことができるか。トップメーカーに課された使命は、相当手ごわい。

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(前野裕香 =週刊東洋経済)

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