レッドムーン・ショック スプートニクと宇宙時代のはじまり マシュー・ブレジンスキー著/野中香方子訳~宇宙開発をめぐる米ソ史内幕が明らかに

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レッドムーン・ショック スプートニクと宇宙時代のはじまり マシュー・ブレジンスキー著/野中香方子訳~宇宙開発をめぐる米ソ史内幕が明らかに

 

評者 本誌 山田俊浩


 著者はカーター政権で国家安全保障担当特別補佐官を務めたブレジンスキー氏の甥。タイトルのレッドムーン(赤い月)とは、1957年10月4日にソ連が打ち上げた世界初の人工衛星「スプートニク1号」のこと。人工衛星の開発と打ち上げにまつわる物語を縦糸に、米ソの政治中枢の内幕を横糸として織り込んだノンフィクションだ。

 

第2次世界大戦末期、ナチスドイツでV2ロケットを開発した天才科学者、フォン・ブラウンはナチス崩壊後、米国に身柄を拘束される。そして、米国におけるロケット開発の中核的人物となった。一方、スターリン時代に強制収容所に送られていたセルゲイ・コロリョフが、フルシチョフ政権下におけるソ連のロケット開発を率いる。

当時、ロケット開発の焦点は、精度の高い大陸弾道ミサイルだった。いわばV2の高度化である。にもかかわらず、コロリョフは人工衛星というアイデアを言葉巧みに軍幹部にのませ、スプートニク打ち上げを成功させてしまう。

人工衛星を軽視していたフルシチョフは、西側世界がソ連の技術力に震撼としているのを見て、すっかり心変わり。コロリョフを呼びつけ、なんと3週間後の革命40周年記念式典までに、もう一つ大きなことをやれ、と命令。そこでコロリョフはスプートニク2号で野良犬を片道切符で宇宙に送り込んだ。そして61年にはユーリ・ガガーリンが宇宙との間を往復した。

レッドムーンによりプライドを傷つけられた米国民は、過剰反応する。ソ連の軍事力の弱さを極秘計画である高度偵察機「U‐2」で把握していたアイゼンハワー大統領は、むしろ軍人の直感で、この機会を利用した軍産複合体の膨張を危惧し、努めて平静を装った。しかし、議会ではソ連の実態を知らない民主党のリンドン・ジョンソン上院議員がソ連の恐怖をあおりまくった。そして「変革」を唱える若きケネディとのコンビで民主党政権が誕生。アポロ計画で月を制する。同時に、軍産複合体は政権がコントロールできないほど膨張を遂げ、泥沼のベトナム戦争へと突き進む。

フルシチョフの長男セルゲイ・フルシチョフ氏は現在、米国のブラウン大学に籍を置くロケットの専門家。父に連れられ学生時代にロケット開発の現場を見ており、いわばスプートニクの生き証人だ。彼の全面的な協力もあり、このノンフィクションには、過去の定説を覆す新しい話もたくさん登場する。たとえばスプートニク2号で打ち上げられた野良犬の「ライカ」はしばらく軌道を回っていたことになっているが、実は打ち上げ直後に焼け死んでいたという。

Matthew Brezinski
ジャーナリスト。ウォールストリート・ジャーナル元モスクワ特派員。『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』等に防衛や科学記事を寄稿。主な著書に『ロシア・アンダーグラウンド』(イースト・プレス社)、『最新報告対テロ最前線』(扶桑社)。

NHK出版 2625円  429ページ

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山田 俊浩 東洋経済 記者

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やまだ としひろ / Toshihiro Yamada

早稲田大学政治経済学部政治学科卒。東洋経済新報社に入り1995年から記者。竹中プログラムに揺れる金融業界を担当したこともあるが、ほとんどの期間を『週刊東洋経済』の編集者、IT・ネットまわりの現場記者として過ごしてきた。2013年10月からニュース編集長。2014年7月から2018年11月まで東洋経済オンライン編集長。2019年1月から2020年9月まで週刊東洋経済編集長。2020年10月から会社四季報センター長。2000年に唯一の著書『孫正義の将来』(東洋経済新報社)を書いたことがある。早く次の作品を書きたい、と構想を練るもののまだ書けないまま。趣味はオーボエ(都民交響楽団所属)。

 

 

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