なぜインフレの本質を誤解してしまうのか? 「円安→物価上昇→生活苦」は、一面的な見方

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グローバル化で、賃金は本当に上がらないのか?

実際には、アベノミクスで起きた円高修正は、インフレをもたらす要因のひとつにすぎない。行き過ぎた円高が修正される過程で、冒頭で説明したとおり、幅広く景気の回復が起こり、モノやサービス、労働市場における供給超過(需要不足)が和らぐ。アベノミクス発動をきっかけに始まった、そうした経済全体の変化が脱デフレの根幹にある。脱デフレと経済活動の活発化は、同時に起こる。インフレとは、経済全般の視点でみなければいけない。

にもかかわらず、「賃金が上がらない」「円安で必需品の価格が上昇する」という、ミクロの視点で経済事象を説明すると、当初は多くの生活者の感覚に合致することもあり、わかりやすいということなのかもしれない。残念ながら、もし、そうであるならば、今、日本で起きている「歴史的な変化の重要性」が、いつまでも理解できないだろう。

サービスを含めた物価全般(一般物価)が上昇すると、名目賃金もそれと連動して上昇するのだ。というのも、消費や設備投資が増えて、経済の需給が引き締まる経済状態になるから、インフレ率が上昇する。そうした経済状況が続けば、労働市場では人手不足になる。モノやサービス同様に、労働市場において、「需要>供給」となれば、賃金にも上昇圧力がかかる。

インフレになっても貧乏になると考えてしまう方は、モノやサービスなどの価格全般が上昇しても、「グローバル化」などを理由に、賃金が上がらない状態が永続すると思い込んでいるのかもしれない。

実際に起きることは以下のことだ。つまり、身の回りのモノの値段のほうが素早く上昇する一方で、賃金が動くペースはさほど早くない(遅行性がある)。個々の市場によって、インフレが定着するまでに時間の差があるので、景気回復の初期段階とも言える、2014年くらいまでは、そうした状況が続くのかもしれないのだ。

ただ、こうした状況は永続しない。インフレが定着し、経済成長率が高まることで、労働市場の需給も改善する。そうすると、労働市場で余っていた人が雇用され、失業率が低下し、人手不足になる。実際に、名目賃金は景気変動の変化による物価上昇に見合う格好で、上昇していく。上の図をみれば、1990年代半ばからデフレが始まり(消費価格指数が低下)、それと同じタイミングで賃金も下がっていることがわかる。

逆に言えば、インフレが起きているときは、同時に経済成長が高く、名目賃金も上昇している。そしてこのときは、実質賃金も上昇している。今後、脱デフレに伴い日本経済が復活し、賃金は、名目ベースでも実質ベースでも増え始めるだろう。そのプロセスが、アベノミクスでようやく始まったのである。

経済全般の客観的なデータを踏まえず、「インフレの本質」を誤解したまま、「輸入インフレ」などの側面だけを見ているとすれば、今起きている時代の大きな変化についていけない。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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