大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清 松元崇著 ~高橋財政、今日の状況に有益で新鮮な洞察を与える

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大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清 松元崇著 ~高橋財政、今日の状況に有益で新鮮な洞察を与える

評者 大和総研常務理事チーフエコノミスト 原田 泰

 本書は、高橋是清の事績を、明治以来の財政史に位置づけたものである。そうすることによって、彼が何を目的にしていたかについて、また、明治大正昭和の財政について、新しい視点を与えている。

たとえば、政権にあった政友会(高橋が蔵相を務めていた)は地方への税源移譲を進めていたが、憲政会は地方への補助金の増額を求めていたという。地方は、自ら徴収の税金であれば大切に使うだろうが、国からの補助金であれば他人の金として使うだろう。政友会が放漫財政、憲政会が財政規律という一般の理解とは異なる。これ以外にも、新鮮な指摘が多い。

日本は、麻生内閣の掛け声にもかかわらず、現在の世界金融危機から、真っ先に抜け出せそうではない。しかし、高橋は、世界大恐慌から最初に日本を救った。世界大恐慌の真っただ中の1933(昭和8)年、日本は繁栄する孤島だった。なぜそうなれたのか。高橋は何をしたのか。繁栄していたにもかかわらず、日本はなぜ無謀な戦争にのめりこんでいったのか。本書はこれらの問いに対して一つの答えを与えている。

高橋は、高い金利は産業振興を妨げるという信念をもっていた。井上準之助蔵相の行った、円を過大評価したままでの金本位制への復帰には反対だったが、金本位制に反対ではなかった。金本位制は、外資流入を盛んにし、日本の金利を下げ、産業を振興する優れた制度だと考えていたという。だから、金本位制を維持するために金利を高くするのでは、本末転倒と考えていたのだろう。

高橋は、常にプラグマティックに物事を判断していた。さらに、生産と消費が均衡を得るには、適正量の通貨供給に待つしかないと、アメリカ大恐慌研究の先駆となる理解をしていた。金本位制からの離脱と低金利政策、日銀引き受けによる国債の発行、それによる財政支出の増加を行った。しかし、財政拡大は一時的で、すぐさま歳出の抑制に戻っている。

高橋は景気回復に成功したが、それがたまたま満州事変後の時期と一致した。人々は満州事変が景気回復をもたらしたと誤解し、それが軍部の力を強めることになった。軍部は、農村助成を含めた財政の抑制に努める高橋を農民の敵としたが、多くの農村の若者が戦場で死ぬことになった。満州に富はなく、国内経済を犠牲にして満州を発展させていただけだった。国民生活は疲弊したが、それは英米の対日敵対政策のせいだと認識されたという。

本書は、高橋財政について、今日の状況にも有益な洞察を与えている。

まつもと・たかし
内閣府政策統括官。1952年生まれ。東大法学部卒業後、大蔵省入省。米スタンフォード大MBA取得。熊本県企画開発部長、銀行局中小金融課金融会社室長、主税局総務課主税企画官、主計局調査課長、主計局主計官、主計局総務課長、大臣官房参事官兼審議官、主計局次長などを経る。

中央公論新社 1890円  350ページ

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