(第35回)近世日本人数学者列伝~志村五郎~(前編)

桜井進

●孤高の数学者

 数学オリンピックというのがあるがその問題はすべて人工的で、何か思いがけないうまいやり方を見つけないとできないのである。私はそういうのは好きでない。しかしその企画があった方がよいかない方がよいかというと、それはたぶんあった方がよいのだろう。ただし、本当に数学をやろうとする少年少女達はそんなのは無視して差し支えない。
志村五郎著「記憶の切り繪図」
 志村五郎(1930~)は以前に本連載第5回~第9回「フェルマーその頂上への遙かなる道~谷山豊に捧げるレクイエム~」で取り上げた。
1930年 静岡県浜松に生まれる
1952年 東京大学理学部数学科卒業
1957年 パリ、ポアンカレ研究所『近代的整数論』(谷山豊との共著)
1958年 プリンストン高等研究所
1959年 東京大学助教授
1961年 大阪大学教授
1964年 プリンストン大学教授
現在、アメリカ在住、プリンストン大学名誉教授 専門は整数論
 志村五郎こそフェルマーの最終定理の証明に必要だった数学者であった。彼の数学が無ければフェルマーの最終予想はずっと予想のままで定理とはならなかったからだ。彼ほど職人としての数学者道を突き進んでいる者を私は見たことがない。本連載でも繰り返し述べてきたことであるが、数学は人によって創られる世界である。けっして公式を覚え習ったとおりの解法に従い答をだせば済むような世界ではない。数の世界の信じられない理解しがたい現象に対峙する時、その背後に潜む仕組みを解き明かそうと思うのが数学者である。自らの直観と技だけを頼りに思考を結晶化させる。はたしてそれは論理の道筋をたどった定理という名の永遠の輝きをもつ宝石が発見されることになる。

  志村は一貫して自らの数学を創ってきた。フェルマーの最終定理はいわゆる「谷山・志村予想」をワイルズが証明することで証明された。私が志村と電話で話した時、彼は淡々と、しかしその奥に確かにある憤りをかくすことなく私にくりかえしこういった。「この世界のプロならば私の定理を谷山・志村予想などとは言わない。志村予想と呼ぶ」数学の世界は人がつくっているものだといったが、それが意味するのは人間の業が渦巻く世界であることも意味する。この「谷山・志村予想」は詳しくは本連載第5回~第9回を参照してもらうことにして、志村の友人・同僚であった谷山豊が最初にいったとされる経緯で先に谷山と付けられている。私が知る限り整数論の「プロ」の中でも、今でも「谷山・志村予想」と呼ばれている。日本人のなかで「志村予想」と呼ぶ人を一人も知らない。

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