「トランプ・金」会談は本当に異例ずくめなのか 米朝首脳に重くのしかかる「2020年問題」

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会談に先立つ6月27日、北朝鮮外務省はアメリカ担当局のクオン・ジョングン局長が「アメリカと対話を行おうとしても、交渉の姿勢が正しくなくてはならず、言葉が通じる人と交渉すべきであり、まともな対案を持って出てこそ交渉も開かれる」との談話を発表した。

今回、両首脳が「実務協議を行う」ことで「姿勢」は一致した。北朝鮮から一定の信頼を得ているビーガン氏をアメリカ側が出してくることで、北朝鮮も「言葉が通じる人」と納得するはずだ。北朝鮮側もハノイでの交渉陣と異なる人物が出てくる。問題は、「まともな対案」が双方から出てくるかだ。

トランプ大統領は、交渉進展のスピードは重視しないと述べた。包括的な合意に向けた協議を継続するというが、トランプ氏は、時間がかかる完全な非核化よりも、北朝鮮が今後ICBM(大陸間弾道ミサイル)といった長距離ミサイルを発射しないこと、そして核実験を行わないことを重要視している。それは、アメリカへの直接的な脅威をまずは抑えることが重要だという考えなのだろう。再選を目指す2020年の大統領選で、この脅威の除去を成果としてアピールしたいという意図も垣間見える。

北朝鮮で高まる経済制裁解除への期待

従来、「段階的な非核化」を打ち出してきた北朝鮮にとっても、すでに行っていない核実験・長距離ミサイル発射を「やらない」と表明することはたやすい。北朝鮮にとって現実的な落としどころは、「朝鮮戦争の終戦宣言と平和協定の締結」や「相互に連絡事務所を設置すること」、さらには「北朝鮮・寧辺(ニョンビョン)の核施設の廃棄を進める」といった、ハノイでの会談ですでに合意文書化されていたとされるものだろう。そのうえで、北朝鮮に課されている国連の経済制裁を部分解除・緩和することだ。

北朝鮮では、2月のハノイ会談で経済制裁がある程度解除・緩和されるとの期待が高かった。そのため、「合意なし」で終わった会談結果に多くの国民が落胆していたという。また、4~5月に訪朝した外国人らによれば、「まもなく3回目の米朝首脳会談が開かれ、年内にも経済制裁が解除、あるいは緩和されるとの話が広まっており、将来を見通したような多くのビジネス案件を紹介してきた」(中国人ビジネスマン)という。

この楽観的な見方の根拠はわからずじまいだが、それだけ経済状況の改善に誰もが関心を持っているといえる。金正恩委員長は来年、「国家経済発展5カ年戦略」の最終年という節目を迎える。食料不足も指摘されている国内経済において、ハノイ会談の轍を踏まず、経済制裁の解除・緩和という経済的希望を国民に見せる必要がある。

今回の会談では、韓国の文在寅大統領の存在感が高まった。米朝の仲介者役を自任しながらも、これまでの行動は双方から信頼されているとまでは言えなかった。ところが、板門店という場を提供し、両首脳をエスコートした実績は、現政権の北朝鮮政策に力を吹き込むことになるだろう。ただ日本から見れば、北朝鮮政策で韓国が手ごたえを感じれば感じるほど、文政権は徴用工問題など多くの懸案を抱える日本への関心がますます希薄になるということだ。

そんな韓国を含め、安倍晋三首相は「条件なしで金委員長と会う」と公言までした北朝鮮との関係を今後どう動かしていくのか。「不思議なほど仲がいい」とされる米朝首脳同士が親密さをアピールする一方で、「シンゾー・ドナルド」と呼び合う個人的な親密さを、安倍首相は朝鮮半島に生かせるのか。予定では今月中に始まる米朝の実務協議が深まっていけば、「秋口に4回目の米朝首脳会談」という観測も流れ始めた。安倍首相が解くべき東アジアの連立方程式はさらに複雑さを増しそうだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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