「老後2000万円」問題の落としどころは何か 公的年金、私的年金と税制の横断的な議論を

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それは、現役時代に老後に備えた貯蓄をする余裕がない人と、貯蓄する余裕がある人である。ここでいう貯蓄とは、定年退職時の退職金も含まれる。

現役時代に老後に備えた貯蓄をする余裕がない人にとって、公的年金が老後の生活を保障する命綱になっている。そうした人たちの公的年金を大幅にカットすると、死活問題になる。それは、私的年金や非課税貯蓄制度を拡充して補えるものでもない。

したがって、老後の余裕がない人たちに対する公的年金は、税財源を追加しつつ、給付水準を維持する仕組みを作らなければならない。金融審議会の報告書は、そうした人たちへの配慮に欠けていたといわざるをえない。

前のめりになりすぎた金融審議会の報告書

他方、老後に備えた貯蓄する余裕がある人は、過剰に貯蓄を残しては現役時代の消費を楽しめない。老後に備えてどの程度の貯蓄をすればよいかという目安は必要だ。しかも、貯蓄をする余裕のある時期だけ貯めて、出費がかさんで余裕がない時期にはやめるのでなく、毎年定額でコツコツと貯めてゆき、投資信託などに分散投資をすることで老後に備えた資産形成をしていくことが重要だ。

金融審議会報告書は、そこを意識したのはいいが、NISAの恒久化という税制改正要望に前のめりになり過ぎた。NISAは、前述のとおり時限措置なので、その恒久化が金融庁の悲願ではあるが、それはNISA単体で論じるべきものではなく、公的年金と私的年金を含めた全体像の中で議論すべきものだ。

老後の資産形成に関する議論は、年金の財政検証とともに参院選後に持ち越され、老後2000万円問題で与野党間の政争の具となり、虚心坦懐な議論をしにくくなってしまった。

とはいえ、国民が抱く老後の不安を払拭することは急務だ。政府与党は政争の具にすることを避け、不都合な真実があっても国民には正直に示しつつ、公的年金と私的年金と非課税貯蓄制度のあり方について制度横断的に議論を進めるべきだ。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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