《若手記者・スタンフォード留学記24》日本の戦後史はあまりにも面白くない



 したがって、日本としては、今までのように「親米反中」を貫くより、「アメリカとの絆を保ちつつ、米中両大国の間でうまく立ち回る」戦略の方が利益にそぐいます。そもそも、中国は国内に問題が山積していて、今後当分の間、日本との課題を議論する余裕はありません。第一、経済的な依存度の高い日本と争うと、中国の経済成長にとってマイナスです。そんな愚かな行動にでるほど、中国の指導者はバカではありません。

キッシンジャー、ブレジンスキーといった外交のプロも、「世界の中心は西洋からアジアへと移りつつある」と繰り返し述べています。“東アジア共同体”は非現実的だとしても、ASEANに加え、韓国・中国ともFTA(自由貿易協定)を張り巡らせて(農作物保護で相当揉めるでしょうが)、日本が東アジアにおける経済成長の恩恵に十分与れる体制を整えていかなければいけません。

大恐慌を乗り切った日本企業

外交面のみならず経済面でカギとなるのも、多極化です。

これまで、日本企業はアメリカ市場ばかりを向いて、BRICSなど新興諸国を疎かにしてきました。世界一となったトヨタでさえ、新興市場での自動車セールスは世界7位です。(1位はヒュンダイ、出所:”Theme and variations”, The Economist, Nov 13th 2008)

ただ、逆に言えば、出遅れた分、まだ挽回の余地が大いにあるわけです。

そもそも日本人は、危機の度に、世界市場をたくましく開拓してきました。

たとえば、1929年の大恐慌。当時、ブロック経済の進行によってアメリカとの貿易が激減し、日本の輸出額は31年には29年のほぼ半分となる11.5億円まで落ち込みました。そこで、日本企業は、それまで未開拓だった、南米、欧州、インド、オーストラリア、南アフリカなどのマーケット開拓に着手。早くも34年には恐慌前の水準にまで輸出を戻しました。(参考:『日本を決定した百年』吉田茂)

戦後にもそのフロンティア精神は発揮されました。戦前、貿易の3分の1を占めていた中国、旧満州の市場が閉ざされたのにもかかわらず、アメリカ、アジア、欧州など他地域へ出かけ、右肩上がりの輸出アップを実現したのです。

昔できたことが、今の日本人にできないわけがありません。今回の金融危機は、きっと日本企業のフロンティア精神を呼び覚ます契機となるはずです。

ただ、日本が真の復活を遂げるには2つの要素が不可欠です。

ひとつ目が、健全なナショナリズムに裏打ちされた、日本人の自信回復。

日本の言論状況について、アメリカ人の専門家と話すと、概ね、「最近の日本は右傾化している」という否定的な答えが返ってきます。“私個人の感覚“としては、今まで異様に左傾化していたのが、単純に正常化している、つまり、普通の健全なナショナリズムが育っているだけなのだと思うのですが(一部例外はありますが)、この辺りの感覚を外国人に説明するは本当に難しいです(苦笑)。

それはともかく、これから、日本人のナショナリズムをもう一歩、成熟へと誘うことができるのは、作家や政治家やジャーナリストや映画関係者といった、大衆性のある職業の人間だと思います。

「世界第2位の経済大国」という拠り所を捨てるとき

ふたつ目が、適切なグランド・ストラテジー(国家の大戦略)。

たとえば、戦後の日本の成功の要因として、日本人全体の努力も当然無視できませんが、一番大きかったのは、やはり冷戦構造という国際環境だったと思います。

アメリカ、ソ連の対立を尻目に、日本は自由主義陣営の一員として、アメリカの軍事力にただ乗りするとともに、最も美味しいアメリカ市場をほぼ独り占めすることができました。もし日本の高度経済成長期に、中国の安い労働力が西側陣営に利用可能であったなら、日本はこれほどの成長を遂げることはできなかったでしょう。そして、吉田茂を起源とする「軽武装・通商国家」というビジョンは、この国際環境に見事に合致した、適切なグランド・ストラテジーでした。

でも、それがうまく機能したのは、冷戦終了まで。それ以降、確たるグランド・ストラテジーを日本が持てていないことが、日本の停滞と閉塞感を生んでいると思います。

日本は今、“多極化”と“アジアへのパワーシフト”という国際環境の下、新しいグランド・ストラテジーを描くときを迎えています。

これから日本はおそらく5年以内に、アイデンティティ・クライシスに陥るでしょう。中国にGDPで抜かれ、「世界第2位の経済大国」という地位を失うからです。ただ、それは日本が新たなアイデンティティを見つけ出すための、良いショック療法になるだろうと思っています。

健全なナショナリズムを育みながら、日本のグランド・ストラテジーを考え抜く--その作業は一筋縄ではいかないでしょうが、アメリカの庇護の下、ひたすら経済成長に励み、“世界第2位の経済大国”という言葉を唯一のアイデンティティにしてきた戦後よりも、きっと生きがいのあるものになるはずです。

ぜひ日本のリーダー層には、派遣切り、格差問題、定額給付金といった内向きの話ばかりでなく(それはそれで非常に重要ですが、それに加えて)、「日本の新たなグランド・ストラテジ」というスケールの大きい議論を展開してほしいものです。私も、残り5カ月弱、このテーマをアメリカにて考え抜いていきたいと思っています。

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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