変化への「恐れ」こそ中国政府の原動力だ 中国政府を襲う恐怖

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ここで理解しておきたい大事な点は、習近平の経済改革は、注意深く配合されたカクテルの材料の一つにすぎない、ということである。残りの材料に含まれるのは、一人っ子政策および労働教養の制度を廃止するという社会改革。もう一つは、政治的な弾圧だ。反体制派の人を投獄し反対意見を押さえつけることや外国の記者たちに対する脅しなどは、経済的な混乱がきっかけで政治的な反乱が起きることのないようにするための手段として使われている。

この計画を実行に移すうえで、習近平は、自分個人および官僚の権力を強化するための行動をとった。共産党政治局常務委員の定員を9名から7名に減らし、集合的な指導権を行使するシステムにおいて全員の一致を得やすくした。自身が議長を務める中央委員会の権力も強め、新たに国家安全委員会も設立した。

習近平が権力を強化しようとする動きを見て、周囲は彼が本気で改革計画に着手しようとしていることをはっきりと理解した。三中全会が終わり、習近平の改革の内容が明らかになって以後、中国の動きを注視してきた人々の多くは、トウ小平以来の大改革をする指導者として習近平を褒めたたえてきた。ただ、1979年と違い、今の中国のカクテルには「恐れ」という名の新たな材料が混ざっている。

『ニューヨーカー』誌は2年前、アラブ諸国での政情不安のさなか北京で開かれた会議で、ある政府高官が、中国政府がこのソーシャルメディアによってあおられる世界で「(立場が)揺らいだら、中国国家は海のもくずとなってしまうだろう」と発言したと伝えた。また最近の報道によると、中国の高位外交官は、欧米の記者に対する脅しについて、「(彼らは)中国共産党を権力から引き下ろすことしか考えていないので、続けさせるわけにはいかない」と説明している。

この「恐れ」こそ、習近平が自らの改革計画を推し進める主な原動力となっている。中国共産党は、はびこる汚職と闘い、民衆の要求に応えながら、たとえ速度は遅くなろうとも経済成長を続けなければならない。中国国民に投票権はないが、不満を表明することは可能で、現にそうしている。そしてそれが、中国の官僚たちに、「秩序安定」が大事だと思わせているのだ。

『The Dictator,s Learning Curve』の著者ウィリアム・ドブソン氏は、中国政府を技術主義と表現し、その支配の妥当性は効果的に問題を解決できるかどうかによって決められる、と述べている。曰く、「ある支配体制の妥当性がその実績に基づく場合、何らかの危機や危機への対処の仕方によっては、その体制の支配権の存続に関する疑問が生じる」。

中国の指導者たちは、欧米の記者たちが国内の情報を調査しようとすることが、そのような危機を招きかねないことを恐れている。一方で、自分たち自身で汚職を抑え、経済的、社会的、また政治的変化を上意下達式にもたらすことができると信じており、欧米式なやり方で物事を行っていく気持ちをしだいになくしているのである。

(撮影:ロイター/アフロ =週刊東洋経済2014年1月18日号

(c)Project Syndicate

アン・マリー・スローター プリンストン大学教授

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Anne-Marie Slaughter

米ハーバード大学ロースクールで法務博士号、英オックスフォード大学で博士号(国際関係)を取得。ハーバード大学教授などを経て、2009年から11年まで米国務省政策企画本部長。米プリンストン大学公共政策大学院院長を経て、現職。

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