「アメリカの外交政策はイラク戦争後どう変わるか」 ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授

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イラク戦争が米国に教えたこと

 現在、私たちが直面している最も重要な課題は、いちばん下のチェス盤にある。その課題を理解する唯一の方法は他国と協力することである。ハードパワーだけでなく、魅力ある“ソフトパワー”が不可欠だ。

 第1期ブッシュ政権を支配していたユニラテラリストたちは、一極的な軍事力の保有で外交政策を主導できると考えた。しかし現在では、こうした考え方の危険性は明白になっている。一つのチェス盤だけに照準を当てて3次元のゲームを行う者は、最終的に敗北を喫するのである。

 幸いにも、振り子は協調の方向に振れ始めている。第2期ブッシュ政権では、極端なユニラテラリストの多くは閣外に去り、大統領は北朝鮮問題やイラン問題に多国的な方法で取り組むようになっている。実際、アメリカは、レバノン戦争の混乱を収めるために国連の平和維持軍を派遣することにも賛成した。

 イラク戦争は人々に第1期ブッシュ政権の過ちを気づかせた。それと同時に、人々は、イラク戦争以外の問題についても態度を変え始めている。以前と異なり、アメリカ人は国際的な気候変化の問題で協調的な行動をとることを支持するようになった。加えて、核拡散の問題が国際原子力機関(IAEA)の重要性の認識を高めたのと同様に、疫病の脅威でアメリカ人は世界保健機関(WHO)の重要性を認識するようになった。

 2008年の大統領選挙で誰が当選しようとも、民主的な価値を推し進める現実的な手段を見つけだし、その手段に合わせて政府のレトリックを変えていく必要がある。アメリカは、他の国の多様性や意見を尊重する方法で、民主主義、自由、権利を語るレトリックを見つけださなければならない。

 イラクが教えてくれたことは、選挙を行う前に市民社会と法の支配を発展させることの重要性である。選挙をすれば、民主主義が自然と生まれるわけではない。民主主義を根付かせるには、教育や制度、非政府組織の促進に対する膨大な投資が必要なのである。民主主義は、外から強制されるものではなく、社会の特性を保持し、固有な社会に根付いたものでなければならないのだ。

(C)Project Syndicate

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

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