(第33回)近世日本人数学者列伝~森重文~(前編)

桜井進

●1990年、京都

ICM90アブストラクト
第21回国際数学者会議記念切手
 その数学者は厳粛な面持ちでメダルを受け取りました。彼こそ日本で3人目のフィールズ賞受賞者、森重文でした。当時大学生だった私はその授賞式を目の当たりにしていました。第21回国際数学者会議(ICM90)は、1990年8月21日から8月29日まで国立京都国際会館で開催されました。9日間に及ぶ大会は、世界中から4000人が参加し、ハイライトである授賞式ではフィールズ賞が森重文、ドリンフェルト、ジョーンズ、ウィッテンの4氏に、ネヴェリンナ賞はラズボロフに与えられ幕を閉じたのでした。
 大成功に終わった第21回国際数学者会議(ICM90)を振り返ると、これまでの日本人数学者が築き上げてきた日本の数学が世界をいかにリードしてきたか、つまり日本が数学大国の地位を占めているかを物語っていると言えます。このとき、最初の日本人フィールズ賞受賞者である小平邦彦(連載 第28回第30回)が組織委員長を務め、二人目のフィールズ賞受賞者広中平祐(連載 第31回第32回)が森重文の業績紹介を行っています。

 先駆者としての小平と広中は世界に認められ日本の数学を牽引してきました。彼らの尽力の甲斐あり、ついに日本で開催されることになった国際数学者会議だったのです。そこで、森重文にフィールズ賞が授与されるというのはベスト・タイミングだったとしかいえません。いくら日本での開催だからといい日本人に受賞させようなどという「あまい」はからいはありえなかったことを言っておかなければなりません。連載第28回でも説明した通り、国際数学者連合(IMU)が数年をかけた慎重な審議を行い受賞者は決定されます。
 歴代二人の日本人フィールズ賞受賞者をはじめ、後に第1回ガウス賞を受賞することになる伊藤清(連載参照:「数学~その遙かなる風景~」パート4「数学は言葉」最終回)がICM90 名誉会長、そして2,300名の日本人参加者の中で日本人森重文にフィールズメダルが授与されることはまさに感慨深い思い出でした。
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