(第6回)組織幹細胞の再生医療への応用

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●組織の幹細胞

 私たち動物はすべて、ただ一つの受精卵が細胞分裂を繰り返して個体になるが、その過程でだんだんに体の形がみえてくると、そこに存在する細胞が何に分化するかという能力が限定的になってくることは容易に予想できるであろう。例えば、原始的な手足の形成がはじまったら、その部分にいる細胞は手足の部品となるべく分化をするが、内蔵には分化しないことが予想される。このように特定の組織になりうる未分化な細胞を組織の幹細胞とよび、発生時のみならず個体ができ上がってからも、古い細胞の新陳代謝による恒常性の維持、また、修復を必要とした緊急時に重要な役割をしている。そしてそれぞれの組織にはそれぞれの組織幹細胞が存在しているだろうと予測されている。

 骨髄移植は組織幹細胞のなかでも最も研究が進んでいる分野であるが、血液幹細胞(を含む骨髄細胞、あるいは最近では臍帯血移植も一般的になってきた)の移植による白血病治療などは、血液という臓器の再生に他ならない。

 同様の再生を他の組織でも実現しようとしているのが、我々を含む多くのグループの取り組みである。臓器の幹細胞の中でも、成体にも存在する組織幹細胞を用いて自己への移植を目指そうという研究が各所でおこなわれている。成体の臓器幹細胞は血液、皮膚の上皮、粘膜上皮、精子などの寿命の短い組織(細胞)について、その補充の必要性から存在が予想され研究が進んできた。しかし、現在では再生がおこなわれないと信じられていた成体の中枢神経にも幹細胞が存在していることが示されている。

 末梢神経細胞の幹細胞は通常、幹細胞をとりまく環境の支配により眠った状態になっているという考えがあり、この環境を変えることによって眠っていた幹細胞を起こして再生に使うことができると考えられる。組織幹細胞のうちで実体や制御がある程度明らかになり基礎研究が進展しているのは、血液、神経幹細胞、皮膚や毛髪の幹細胞である。骨格筋も長く実体のわからなかった幹細胞について移植による再生実験の成功が報告されはじめた。

 私の研究グループは未知の網膜の幹細胞を探し、これを移植による再生にもっていきたいと考えている。また、様々な研究グループがすい臓や肝臓などを中心とした臓器の幹細胞をもとめて研究をすすめている。その具体的なストラテジについてはまた後の回でお話しする。

 臓器幹細胞はES細胞やiPS細胞よりは分化能が限られているが、それは見方をかえると、ES細胞やiPS細胞などの最も未分化な細胞から最終分化した細胞までの長い道のりの途中の段階の状態にある、ということになる。したがって、ES細胞やiPS細胞から欲しい細胞をつくるよりも、中途点に存在する組織の幹細胞を使う方が最終分化にいたる道のりは短いであろう。
 実際、ES細胞、iPS細胞を特定の細胞に分化させるのには、まず全能性の細胞をある程度分化能の限られた組織の幹細胞のような性質を持つ細胞に分化させてやり、さらに操作を加えて特定の細胞に分化させるという多段の操作をへて実現することが多い。これは、はじめから組織の幹細胞を用いるほうが実際の操作がはるかに簡便になり、かつ効率や純度もよくなるため、実用的な意義は大きいということになる。
 そして組織幹細胞を使うことで自分自身のの体から採取した細胞を利用できる可能性がある。これにより拒絶の問題が回避される。このことがすでに実現しつつあるのは角膜移植である。

 角膜の幹細胞に相当する未分化な細胞は角膜周囲に存在しているが、損傷などで角膜が障害されたときに、損傷を受けていない側の角膜から未分化細胞をとりだし、試験管内で増やして角膜を再生し移植する、という臨床研究が行われ成果をあげている。しかし、両眼性の疾患や、臓器全体が機能不全を起こしている場合などは自分の幹細胞をとりだすことが難しい場合もあろう。こうした場合にでも自分の細胞で自分の組織の再生をおこなうことを実現する細胞、という点で注目されているのが間葉系幹細胞である。

●間葉系幹細胞

 骨髄細胞のほとんどは血液系の細胞だが、その一部の間質細胞とよばれる細胞のなかに様々な組織に分化する能力をもつ間葉系幹細胞が存在している。この細胞は、ES細胞、 iPS細胞などの何にでもなる細胞と組織幹細胞の中間ぐらいの性質があり、すなわち、神経、筋肉、骨、軟骨、脂肪などの複数の種類の組織に分化することが知られている。この細胞をとりだして、分化させ移植することで再生医療に利用しよう、という試みもあるが、もともと存在している数が少なく、かつ体の外で数を増やすことが難しいなど困難な点がいくつかあり、再生医療に利用するまでにはまだ越えるべきハードルがあるが、iPS研究との相乗効果で実用化への道のりがみえてきた。
渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミーに加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
渡辺 すみ子

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