ランド 世界を支配した研究所 アレックス・アベラ著/牧野洋訳 ~往時、最高の英知を集めたシンクタンク

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ランド 世界を支配した研究所 アレックス・アベラ著/牧野洋訳 ~往時、最高の英知を集めたシンクタンク

評者 『インサイドライン』編集長 歳川隆雄

 アメリカのシンクタンクの老舗、ランド研究所のRANDがResearch and Development(研究と開発)から来ていることを初めて知った。「研究」の頭文字R、「と」を意味するANDのAN、それに「開発」の頭文字Dを組み合わせたものだ。 

また、同研究所出身者・在籍者を「ランダイト」と呼ぶことも、知らなかった。ランド出身の研究者やアドバイザー、つまりランダイト27人がこれまでにノーベル賞を受賞しているが、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官を除く全員が物理学、経済学、化学分野での受賞である(キッシンジャーはノーベル平和賞)。この一例をとっても、ランドがアメリカの「ベスト・アンド・ブライテスト(最高の英知)」を集めたシンクタンクであったことが理解できる。

「であった」と過去形で語るのには、もちろん、理由がある。近く誕生するオバマ政権の枢要ポストに多くの人材を送り込むブルッキングス研究所や戦略国際問題研究所(CSIS)と比べると、現在のランドには全盛期を迎えたレーガン政権時代の面影を見ることはない。

そもそもランドは、第2次大戦後の1946年3月、空軍の戦略研究のために生み出された研究所であった。そして、本書の主人公でもある元トロツキストの数学者アルバート・ウォルステッターが参加したことが、後に隆盛を誇るに至った最大の理由である。

「あらゆるものが計画通りに動くとは限らない」という彼の認識が土台となって、アメリカの歴史に永久に残る概念「フェルセーフ(多重安全装置)」が誕生した。それが後に先制核攻撃を提唱したハーマン・カーンに受け継がれたのだ。

さらには核戦略家でもあるウォルステッターを中心とするランダイトの主張によって米ソ冷戦体制の象徴である大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発・配備が実現し、軍事革命(RMA)理論の確立を経てレーガン時代の「スターウォーズ」として知られる戦略防衛構想(SDI)が花開いた。

アイゼンハワー政権からレーガン政権に至るまで時の権力者の行動に大義を与え、世界中の不正行為を糾弾し、人々を消費者として“解放”しようという「新保守主義(ネオコン)運動」の始祖であり、サプライサイド経済学のもととなった合理的期待形成論を生み出したのもウォルステッターであった。その門弟を自任し、ランド研究所理事長も務めたドナルド・ラムズフェルド国防長官が、G・W・ブッシュ大統領をイラク戦争開戦へ踏み切らせた張本人であることこそ、ランド研究所の本性のすべてを語っている。

Alex Abella
ロサンゼルス・タイムズの寄稿記者。キューバ生まれ。10歳のときに家族とともにアメリカに移住。コロンビア大学を卒業ののち、カリフォルニアで新聞記者の職に就く。ニュースチャンネルのプロデューサーなどを経る。

文藝春秋 2200円  423ページ

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