(第2回)未病第一のお話・その2

山崎光夫

 わたしが三十年来、多くの医者に会って引き出した健康に対するひとつの結論は、
 「二十五歳まで生きのびれば、寿命を延ばせる」
 という考え方だった。
 ヒトはほぼ二十五歳で体が成熟して完成するので、ここがひとつの節目である。
 二十五歳まで生きれば、この世に生を受けて、生きていいですよというお墨付きをもらったものとわたしは解釈している。あとどう寿命を延ばすも、縮めるのも本人の心がけ次第だ。養生が必要となる。

 漢方医学の言葉に、「未病(みびょう)」がある。未だ病気にあらず、の意である。その人の体調をそのまま放置しておくと、いずれ病気になるという、いわば、病気への助走段階の期間である。
 漢方医を称して、
 「上工(じょうこう)は未病(みびょう)を治(じ)す」
 がある。優れた医者はその患者がどんな病気になるかを見抜いて治す。病気になった患者を治すのは当たり前で、医者としてはさして手柄にはならないという位置づけである。未病は現代の言葉に置きかえると多少ニュアンスは異なるが、「予防」が当てはまるだろう。
 未病対策こそ健康の第一歩である。病気にならないためには養生して、どう体に抵抗力をつけるかが肝心である。

 ここでクイズをひとつ--。
 次の三つの牛肉のうち最も消化のよい料理はどれか。
 1 ステーキ
 2 焼き肉
 3 ハンバーグ
 答えは、ステーキである。
 ステーキの場合、その肉質が固ければ固いほど噛まねば飲み込めない。ところが、ハンバーグは柔らかく噛もうにも噛めずに、すぐ飲み込むしかない。
 この場合の違いは、唾液量である。ステーキは塊をよく噛んで唾液と混ぜ合わせなければ食べられない。よく噛むという行為が、唾液の分泌を促しその後の消化に影響する。消化がよければそれだけ胃腸の負担は少なくてすみ、体は無用なエネルギーを使わなくてすむ。

 わたしの知人の編集者はニューヨークに一年滞在している間、好物のステーキを毎日欠かさず食べたという。その結果、五キロ痩せて帰国した。これは、「ステーキダイエット」である。ステーキならダイエットできる。これがハンバーグだったなら、メタボに陥っただろう。
 わたしもよく噛むことを習慣づけて、体重を八キロ減らし、ウエストをマイナス五センチにし、総コレステロール値を180台に落とした。

 唾液の分泌量は個人差があるが一日に約1.3リットル。尿の排泄量は、一日に約1.5リットルである。尿量に匹敵するほど大量に分泌される。だがこれも正常ならばの話で、唾液の分泌量が少ない現代人が増えている。よく噛まなくなったのが最大原因である。
 唾液の分泌量が減ると口腔内に雑菌が増え、味覚も落ちて食欲も減退する。唾液には、消化作用の他に、抗菌作用、粘膜保護作用、歯への衛生作用など、有効な作用が多い。また、免疫力をアップさせるので、病気の予防には欠かせない。
 かの『養生訓』で知られる江戸・元禄期に活躍した儒医、貝原益軒は、
「津液(しんえき・唾液のこと)は一身のうるほひ也。化(け)して、精血(せいけつ)となる」
 と書いている。
 唾液は「駄液」ではなく、「多益」といえる。唾液は人体にとって貴重な液体である。未病対策はまず唾液から、といえる。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷(ドンネル)と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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