化学業界は事業再編が各社の信用力を左右 《スタンダード&プアーズの業界展望》

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アナリスト
本名 淑恵
吉村 真木子

ここ数年、国内外の大手化学企業はM&A(企業の買収・合併)や合弁事業などを通じて、事業ポートフォリオを大きく変えている。成熟化が進む先進国市場で収益増加のチャンスが減少していることや製品の汎用化の進展、原材料の高騰によるマージンの低下などで、収益力を向上させることが難しくなっており、M&Aや合弁事業などが継続的な収益増加に不可避と判断しているからである。

需給・市況の変動影響を受けやすい汎用品の割合が高いうえに収益基盤の分散が進んでいない企業は、厳しい収益環境に直面する可能性がある。その半面、M&Aや合弁事業などを通じて、事業ポートフォリオを組み替えて、財務負担を抑えながら収益力を向上させることができる企業は、その信用力を維持したり、向上することが可能だろう。事業環境の厳しい化学業界でも、信用力の二極化が一段と進むと考えている。

M&AはファンドによるLBOから企業間買収が中心に

昨年まで北米で活発だったファンドによるLBOが、今年は大幅に減少した一方で、企業間の大規模なM&Aが相次いだ。米ダウ・ケミカルがスペシャリティケミカル大手の米ローム&ハース(BBB/CWデベロッピング/A-2)を約190億ドルでの買収を発表、独BASF(AA−/ネガティブ/A-1+)がスイス・チバ(BBB−/ポジティブ/A-3)を約38億ユーロでの買収を発表した。また、国内では三菱レイヨン(格付けなし)が11月、MMAモノマー大手の英ルーサイト・インターナショナル(B/CWポジティブ/--)の買収(約16億ドル)を発表した。三菱レイヨンが注力してきた繊維事業は収益がやや悪化傾向にあったが、化成品分野で主力のMMAモノマーの大手企業の買収により、欧米市場のシェアが一気に拡大することで事業基盤の強化を見込んでいる。また、三井化学や旭化成などではM&Aのためにそれぞれ数年間で1,700億円、1,500億円の戦略的投資枠を持っており、医薬・農薬や先端化学品分野を対象にした成長戦略としてのM&Aを視野に入れている。

こうしたM&Aは有利子負債の調達を伴うことが多いため、短期的には買収企業の信用力にネガティブに働くことがある。だが、製品幅の拡大による収益源の分散や、技術力や販売ネットワークの取得による競争力の向上などが見込まれるため、事業基盤が強化されることで中長期的には信用力上ポジティブに働く可能性がある。

加速する中東での合弁事業

M&Aと並んで活発だったのが、先進国の化学企業が中東地域の現地企業と合弁で事業を展開する動きである。この狙いは新しい地域への市場参入や低価格の原材料の確保、持っている技術やノウハウを最大限に生かすこと、新規投資額やリスクを最小限に抑える−−ところにある。合弁事業が生産するのは安価な資源を豊富に利用した汎用品が中心だ。汎用品の競争力を生かすには、垂直統合による効率性、マーケットシェアや、成長市場である新興国地域へのエクスポージャーなどが重要で、中東での合弁事業はこれらの点からみても競争力が高い。足元では原油価格が下がっており、今後も原油価格の下落が続けは汎用品を中心とする中東地域での合弁事業の収益は減少する可能性がある。しかし原料資源を安定的に確保できること、垂直統合による効率性、また製品によって原油の代替となるエタンガスの価格競争力を考えると、事業面でのメリットはなお大きいと考えている。

日本の化学大手で、中東での合弁事業を進めているのが住友化学(BBB+/ポジティブ/--)である。同社はサウジアラムコと合弁で、ペトロ・ラービグ(現在の出資比率は37.5%)を設立して、石油精製や石化製品を製造・販売するラービグ計画を進めている。この計画は、低コスト原材料の確保と価格競争力の向上につながるほか、長年合弁事業の経験を持つシンガポールを拠点にしたアジアへの販売ネットワークを通じて、さらに地理的収益分散が進むとみているため、2009年第1四半期の稼動後は、住友化学の事業基盤は一段と強化されると考えている。

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