日本の金融危機と教訓~根本的問題への迅速・大胆な取り組みが肝要《スタンダード&プアーズの業界展望》

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 不良債権の解決は、銀行が引き当てなどの処理をするだけでなく、銀行のバランスシートから不良債権を切り離し、その流動性を高める一方で、企業の再生を支援したり、回収を進める必要があった。しかし、健全銀行からの不良債権買取などの公的制度の導入は1999年と遅く、買取価格は保守的に設定されたため、銀行からの買い取りは2002年まであまり進まなかった。さらに、複数の官庁や、産業界、金融界が一体となって業界全体の再生や、再編を進めるといった対応はみられなかった。産業再生機構はカネボウやダイエーの再建などに一定の役割を果たしたが、設立されたのは2003年であった。

金融危機後に積み残した課題

金融危機を経て不良債権問題の要因の1つだった信用リスク管理の不十分さについては、銀行による内部格付け制度や自己査定の導入により強化され、貸出先の経営状況の悪化に対し、より早期に対策を講じることが可能となった。また大口先への集中リスクは削減され保有株式についても、削減が進んだ。

一方で多くの課題も残した。大手行21 行が6 大グループになるなど大手行の間では再編が進んだが、地域金融機関の経営統合などはそれほど進展せず、地方のオーバーバンキングは解消されていない。また競争の厳しさから、リスクに応じた貸出利ざやが確保されておらず、大手、地銀を問わず、収益性は国際的な比較でも依然として低い。また自己資本に対する保有株式の比率が依然として海外の銀行に比べて高く、銀行システムの安定性が株価変動の影響を受けやすい点も問題である。銀行の統合や効率化の進展が進んでいないのは、預金保護などのセーフティネットが長く維持され、体力の弱い銀行の延命や非効率性の存続につながったからといえる。地域金融機関においては、構造的に低迷する地域経済への配慮もあって、金融庁の資産査定や監督が大手行ほど厳しく行われなかったことも影響した。なお、構造的な問題や不良債権への対応が遅れた地域金融機関は、現在の世界的な景気後退において、より圧力を受けている。

世界的金融危機対応への教訓

米サブプライム問題を契機とする現在の世界的な金融危機では、日本の場合に比べ、関係者の問題の認識が早く、また各国政府により大胆な対策が講じられている。たとえば米国や英国では、公的資金による銀行への資本注入がすでに実行され、1行あたりの金額も2兆円以上と多額に上る例がある。他方で、米国の問題債権買取機関は、住宅関連の債権の買い取りを延期している。家計部門の過剰な負債をどう整理するのか、住宅市場をどう活性化するのかといった、根源的な問題については、まだ効果的な対策がとられていない。さらに、経営不安を抱える米国大手自動車メーカーなど、問題先企業の再生も重要だが、方向性は明確ではない。日本の例をみても、銀行への資本注入や流動性供給だけでは、信用収縮は解消できない。事業会社、個人部門の健全化を同時に進め、不良債権問題の不透明感を払拭する必要がある。

一方、日本に比べて問題がより複雑かつ深刻な点もある。サブプライム問題は、証券化商品やデリバティブ商品を通じて世界の金融市場に伝播し、証券化市場や、短期金融市場の機能不全という問題につながった。金融商品の流動性の枯渇により、銀行の資産や自己資本の評価が困難となり、取引相手の信用リスクが把握できず取引が成立しなくなったためである。間接金融が中心である日本と異なり、直接金融主体の米国において、資本市場の機能不全と信用収縮の影響は大きい。これについては、取引商品の価値の回復に加えて、規制当局や市場仲介者がより良いルールを検討し、また金融機関もリスク管理やガバナンスなどを改善させていく必要があるが、時間がかかるだろう。

また、日本では、中国、米国など他の国の経済成長の恩恵を受けて、事業会社、金融部門は再建を進めることができたが、世界経済全体が後退に入ってしまえば、金融危機をさらに深刻化させることが懸念される。各国政府が足並みを揃え、成長を制約する構造的問題への対応を含め、景気を浮揚に向けた政策を迅速かつ効果的に実行できるのかが注目される。

最後に、金融危機に対応して預金保護などのセーフティネットの強化や会計制度の変更などの特例措置が導入されているが、これを正常な状態に戻すタイミングの見極めも重要である。時間がかかりすぎると、弱い金融機関を温存させ金融システム全体の活力や、市場規律を損なうことになる。

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