「メルケル時代終焉」でドイツは不安定化する 首相の早期退任は不可避、後継体制は流動的

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何れにせよ大連立政権が2021年秋の議会任期満了まで存続するとみる向きは少ない。第2次大戦後のドイツで首相在任期間が最も長いのは、東西ドイツ統一を果たしたヘルムート・コール首相の16年26日、2番目が西ドイツの戦後復興を成し遂げた国父アデナウアー首相の14年31日、プロイセン時代までさかのぼっても両者を越える最長在位は鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクを除いてほかにいない。

党首禅譲と首相残留で緩やかな権力移管を目指すメルケル首相は、2021年秋の議会任期満了まで首相を続ければ、コール首相の戦後最長在位に並ぶことも夢ではない。ドイツでは次期政権が発足するまで暫定首相として現職首相が留任するため、2021年12月18日まで残留すればコール首相に並ぶ。だが、コール首相やアデナウアー首相が最後は首相の座を追われたのと同様に、メルケル首相の時代も終わりを告げようとしている。

クランプ=カレンバウアーなら軟着陸だが

最後に、メルケル退陣がドイツや欧州の今後に与える影響をどのように考えたらよいのだろうか。ポスト・メルケルに最も近いのは、12月に選ばれるCDUの後継党首であることは言うまでもない。クランプ=カレンバウアー氏が次期首相となる場合、SPDが大連立への再参加を拒否するとみられ、さらなる躍進が予想される緑の党と連立を組む可能性が高い。仮に両党の合計議席が過半数に届かない場合は、リベラル系政党の自由民主党も加えたジャマイカ連立(各党のシンボルカラーが黒・緑・黄色でジャマイカの旗と同じであることから)となろう。

政策の継続と安定を重視する無難な選択だが、親ビジネス色がやや薄まりそうな点は、経済立国ドイツにとってネガティブだ。他方、メルツ氏やシュパーン氏が後継首相となる場合、連立パートナー探しが暗礁に乗り上げそうだ。党の脱中道化を目指す両氏が緑の党やSPDと手を組むハードルは高い。自由民主党との連立では議会の過半数を確保することが難しそうだ。

今のドイツの有権者と政治家に、AfDの連立参加を受け入れる準備は整っていない。少数政党の乱立による議会の機能不全がナチスの台頭を招いた反省から、第2次大戦後のドイツは政治安定を重視してきた。前例のない非多数派政権の誕生に追い込まれ、政治安定が揺らぎかねない。

これまで数々の難局でリーダーシップを発揮してきたメルケル氏の不在は、欧州の安定にとっても試練となろう。欧州市民の間にはEU(欧州連合)に対する不信感が広がり、各国でポピュリズム勢力の台頭が著しい。英国のEU離脱、難民問題、貿易戦争の脅威など多くの難題に直面している。法の支配や民主主義など欧州の基本価値を軽視する東欧諸国にも悩まされている。誰が後継者になろうとも、すぐにメルケル首相以上の強いリーダーシップを期待することは難しいだろう。

ポスト・メルケル時代はドイツと欧州の安定の揺らぎに向き合わなくてはならない。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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