吉川英治のモンスター小説?! 身の丈6尺の"怪物"が暴れ回る一大スペクタクル

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『恋山彦』(吉川英治文庫版)

ここでもう一つ、全く別のある映画のストーリーを記してみたい。

父の財産を叔父に奪われ、1929年の世界恐慌の波を受けて仕事も全くないアンは、辛酸の限りをなめ尽くしていた。

あわや万引きで警察に突き出されるところを映画監督デナムに助けられスカウトされたアンは、秘境映画のロケのため、地図にすら載っていないドクロ島へとたどり着く。そこは原始の恐竜が闊歩する恐るべきロストワールドだった。

しかしアンは原住民に誘拐され、島の神へ捧げる生贄にされてしまう。生贄となったアンを引きとったのは身の丈5メートルを越えようかという類人猿。彼は島の生態系の頂点に位置する存在であった。

類人猿は種族を超えアンに恋心を抱き、次々に襲い掛かる恐竜達を殴り殺しアンを守る。しかしデナムや一等航海士ドリスコルの必死の努力でようやくアンは救出された。そしてアンを取り返しに来て返り討ちに遭い、麻酔弾で眠らされた類人猿はニューヨークに連れて来られる。ニューヨークで見世物にされた類人猿は怒り狂って檻から脱出し、ニューヨークの街を暴れ回る。そしてとらえたアンを片手にニューヨークで一番高いエンパイアステートビルを登っていく。

キングコングからインスピレーション

この作品が何であるか、最早言うまでもないだろう。『恋山彦』の前年に封切られたモンスター映画の最高峰『キングコング』である。

キングコング(1933年)のブロマイドより

1933年に封切られた『キングコング』映画を見た吉川英治は、強い感銘を受けた。そして自身のみならず大衆をも熱狂させる『キングコング』を換骨奪胎して作り上げた物語こそが『恋山彦』だったのである。

これは吉川英治ファン、大衆小説ファンには比較的知られた話であるので、ご存知の方も多いと思う。ちなみに「自分は、種本に拠って、ものを書かない方針である」(草思堂随筆)と胸を張る吉川英治自身、この『恋山彦』の主人公・伊那小源太の壮絶な活躍については「現代科学へ挑戦したキング・コングの怪躍に似ている」と形容しているところからしても影響は明白であろう。

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