(第30回)近世日本人数学者列伝~小平邦彦~(後編)

桜井進

●曲面にも調和ある秩序をつくられ、そこには驚嘆すべき美しさがある

 代数曲面(代数方程式の解の集合)の分類という分野があります。それは難問であり、取り組んでいたイタリアの数学者エンリケスは、彼の遺著の中で代数曲面の分類表とともに次の言葉をのこしたのでした。
「今から50年ばかり前、天才的な先駆者Max Noether のあとを受けて、イタリアでこの理論の研究がはじまったころには、この理論の甚だしく困難で、いたるところ例外の多いことに悩み、冗談めかして、代数曲線は神のつくったものであるのに、曲面は悪魔のわざである、などといわれたものである。しかし、今日となっては、曲面にも調和ある秩序をつくられ、そこには驚嘆すべき美しさがあることが明らかにされた」
エンリケスは誇らしげにイタリア学派の代数曲面の分類に対する貢献をこう述べたのです。しかし、まだまだ完全ではありませんでした。小平は、曲面を代数曲面に限定せず、解析曲面までを含めた曲面について最終結果に到達したのでした。
■小平−Chow の定理
解析曲面の上に有理型関数が十分沢山あれば、解析曲面は代数的になる。
 では十分にたくさん有理型関数がない場合にはどうなるかというと、楕円曲面の構造が入ることも小平は証明しました。この楕円曲面の理論をもとに、すべての解析曲面の構造を研究することができるようになり、ついにその基本構造の解明に至ったのでした。結果は、代数曲面の5つの型に2つの型をつけ加え7つの型に解析曲面が分類されたのです。有名な「小平曲面」はここで現れたものでした。小平曲面はKodaira-Thurston 多様体(4次元実多様体)に発展して現在も研究が続いています。

●フィールズ賞受賞~調和積分論~

 19世紀中頃、数学者リーマンは複素関数が生息する世界を見つけることに成功しました。それがリーマン面とよばれる複素平面を変形した、1次元複素多様体なるものだったのです。多様体という概念はリーマンによって考えだされた新しいものです。曲面や曲線の概念を高次元に一般化したものです。

Georg Friedrich Bernhard Riemann(1826-1866)
 このリーマン面の性質を語るリーマン−ロッホの定理というものがあります。関数と微分の個数の間に成り立つ関係式がわかるものです。これにより、リーマン面は代数曲線であることが証明されました。数学者ワイルは、リーマン面の一意化といわれた問題を1次元の中で証明することで、新しい境地を切り開くことになりました。
Hermann Klaus Hugo Weyl(1885-1955)
 小平は第二次世界大戦中にもかかわらず、このワイルのリーマン面の理論を高次元に拡張することに成功しました。リーマン−ロッホの定理の高次元化の先駆けとなったのです。調和積分論とは、多様体を微分方程式を用いて研究する分野です。その調和積分論の基本定理が次のホッジ−小平の定理です。
■ホッジ−小平の定理
M をコンパクトで境界のないリーマン多様体とする。微分k 形式v が閉形式であれば、ある微分k.1 形式w があり、u.v=dw が成り立つような調和k 形式がただ1つ存在する。
 この業績により、小平は1954年アムステルダムで開かれた国際数学者会議でフィールズ賞を授与されたのでした。受賞資格を満たした39歳の小平にフィールズメダルを手渡した者こそ、69歳のワイルだったのです。ワイルは小平の論文を“impressive paper”(感動的な論文)と讃えたのでした。
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