世界一不気味な「遭難怪死事件」の真相 9人が死んだ「ディアトロフ峠事件」に挑む

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ソヴィエト共産党支配の冷戦下では、この地に悪名高い強制労働収容所が建設され、多くの政治犯が収容され拷問を受けた。ディアトロフたちが生きていたのはそういう時代だったのだ。だからこそ軍事機密に触れて殺されたといった陰謀説が信憑性をもって語られる。陰謀論が流布する背景には、当時の体制に対する人々の根強い不信感があるのだ。

本書には一行が撮影した写真が数多く掲載されている。彼らは旅の間に88枚の写真を撮影していた。雪上で無邪気にふざけたり、笑顔でハグしあったりする写真は見ていて辛いものがある。1959年2月1日、最後の日に撮影された1枚は、キャンプ地へと向かう一行を後方から撮影したものだ。
先頭は吹雪にかすみ、まるで闇の中に溶け込んでいくかのように見える。なんとも不穏な写真だ。

この日の日没は4時58分。テントを設営した一行は夜9時にテントに入った。そしてその後、生涯最悪の夜が彼らを待ち受けていたのだ。

著者がたどり着いた驚くべき結論

ディアトロフ一行に何が起きたのか。著者は粘り強い調査によって、他者による攻撃説、雪崩説、強風説、兵器実験説、放射線関連の実験説など、いくつもの説を論理的に否定していく。そして驚くべき結論を見いだすのだ。

『死に山:世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

ここでその種明かしをするわけにはいかないが、少しだけヒントを挙げておくと、カギになるのは「大気物理学」である。著者はきわめて説得力のある科学的な結論を見いだしている。もちろん素人の思いつきなどではなく、専門家のお墨付きだ。著者は最終的にNOAA(アメリカ海洋大気庁)の科学者らの力を借りて事件の真相に辿り着く。

ディアトロフ一行は、これ以上ないほど最悪のタイミングで、最悪の場所にテントを張ってしまっていたのだ。

ミステリー小説に「本格推理」と呼ばれるジャンルがある。たとえば、どこからも侵入不可能な密室に奇妙な死体が転がっている。その謎を名探偵がきわめて論理的に解き明かすといった展開がお馴染みだ。本書はこのような鮮やかな謎解きを目の当たりにしたかのような読後感をもたらしてくれるだろう。

それにしても自然界にはまだまだ知らない現象があるのだと思い知らされた。気象科学に大気物理学、音響学に流体科学……、また読みたいジャンルが増えてしまった。これだから読書はやめられないのだ。

首藤 淳哉 HONZ
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