10万台の車が「下水から作った水素」で走る日 福岡市や富士市で実証事業が始まった

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福岡市に続くB-DASH実証事業として、神鋼環境ソリューション・日本下水道事業団・富士市の3者共同研究体のプロジェクトがある。

こちらは静岡県富士市東部浄化センターで、今年度から実証を開始する。

その特徴としては、コンパクトなメタン発酵槽、低動力のバイオガス精製装置および小規模の水素製造・供給装置を組み合わせることにより、下水汚泥からの効率的なエネルギー回収・利活用、コスト縮減などを図ることにある。

下水処理場でバイオガスからCO2フリー水素を製造する実証事業は、ほかのいくつかの自治体でも検討されている。

ただ現状では、バイオガスをそのまま燃やして発電したほうが、再生可能エネルギー電力固定価格買い取り制度(FIT)の対象となり39円/kWhで買い取ってもらえるので、経済的に有利だ。

今後、本技術が広まっていくためには、全体的なコストダウンが必要であるとともに、CO2フリー水素に対する何らかのインセンティブ制度が必要だろう。

海水との塩分濃度差を利用した水素製造技術

最後に、バイオマス由来ではないが、下水処理水と海水の塩分濃度差を利用した先進的水素製造システムについてレポートする。

このシステムは、海水から食塩などを製造する電気透析(注)の技術を応用したものだ。

(注)電気透析とは、イオン交換膜が陽イオンと陰イオンを選択して透過させる性質を利用する分離技術を利用して、水に溶けているイオン成分を濃縮したり反対に除去することができる技術(正興電機製作所ニュースリリースより引用)。

陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に並べた間に下水処理水と海水を流し込むと、塩分濃度の高いほうから低いほうにイオンが移動する。このとき、膜イオンの選択透過性により起電力が生じる。その電力を利用して、電極部分で水素を発生させる仕組みだ。

B-DASHの一環として、山口大学、正興電機製作所、日本下水道事業団3者の共同研究体が、福岡市(2016年度)および山口県周南市(2017年度)のフィールドに実験プラントを建設して調査・研究を行った。現在はこの研究結果をもとに、将来的な実用化を想定したフィージビリティスタディを行っている。

下水と海水を使い、外部電力はほとんど使わないため、製造コストは再エネ電力による水電解の半分程度で済む可能性があるという。

システムの設置面積も、太陽光や風力発電とは比較にならないほど小さく、既存の下水処理場でも容易に設置可能である。下水汚泥の発酵設備を持たない下水処理場でも、海水さえ取得できれば水素製造を行えるメリットもある。

下水処理場の多くは、エネルギー需要地に近い都市部に作られている。バイオガスは毎日安定的に発生するので、水素製造の原料供給には事欠かない。下水処理場が水素ステーションや発電所を兼ねることになれば、地産地消のクリーンエネルギー供給システムとして、市民生活へ多角的な貢献が可能となるのだ。

西脇 文男 武蔵野大学客員教授

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にしわき ふみお / Fumio Nishiwaki

環境エコノミスト。東京大学経済学部卒業。日本興業銀行取締役、興銀リース副社長、DOWAホールディングス常勤監査役を歴任。2013年9月より武蔵野大学客員教授。著書に『再生可能エネルギーがわかる』『レアメタル・レアアースがわかる』(ともに日経文庫)などがあるほか、訳書に『Fedウォッチング――米国金融政策の読み方』(デビッド・M・ジョーンズ著、日本経済新聞社)がある。

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