正反対の経済理論が受賞、ノーベル賞とは何か 権威ある賞が作り出した「経済学は科学」という幻想

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価値観中立を装う経済学

経済学が自然科学と同等に扱われることによって、さらに根の深い問題も生まれている。それは、経済学があたかも政治的な価値判断から「中立」であるかのように認識されるようになったことだ。

70年代当時、欧米では福祉国家のような社会民主主義的な価値観が強かった。一方で、慢性的なインフレと高失業率に苦しめられていた。そのとき、さっそうと表舞台に登場したのが、ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンに代表されるシカゴ学派だった。

彼らは、社会保障制度など公的部門や規制、官僚の非効率性を“科学的”な事実発見を基に説き、社会民主主義的な政策は経済法則を無視していると反対した。当時の人々には、客観的な科学による新しい処方箋が登場したと映ったに違いない。

だが、経済理論が政治的な価値判断から中立であるというのは幻想だ。先述のミュルダールは『経済学説と政治的要素』において「問いはいやしくもわれわれの関心の表現であり、それらは根底において価値判断である。価値判断は当然、事実を観察し理論的分析を行う段階ですでに含まれている」と指摘している。

シカゴ学派の理論には、「自由市場は社会の利害を自動的に調和させる」という市場万能の価値判断が含まれている。それは政府の縮小、税や社会保障負担の縮小という形で、経済界や富裕層の政治的利益に直結する。今や、「自分はノンポリだ」と考える人々の思考回路にも、何かしら自由市場の価値感が入り込んでいるはず。ノーベル経済学賞の影響は計り知れない。=一部敬称略=

週刊東洋経済2013年11月2日特大号

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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