東京東部から病院が消えていく--看護師不足が招く経営危機

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とはいえ、脱力感を感じる暇もなく、患者を退院させる作業に奔走。家族との折衝など、2週間にわたる修羅場をくぐった後、山本さんは病院を去った。

院長の経営努力の不足など、病棟閉鎖に至ったことが自業自得だった感は否めない。だが、病院が成り立たなくなったのはそれだけが理由ではないと山本さんは感じている。

「昨年12月から看護師の募集に動き出し、各地の看護学校に100通近い求人の書類を出したものの、どこからも返事がなかった。今まで働いてきた中でこんなことは初めてでした」(山本さん)。

看護師募集の時期も悪かった。看護学校を卒業した学生は、国家試験合格直後の4月に就職する。多くの病院は早期の獲得を狙って、6月ごろには翌年度の新卒者の獲得に動き出す。ところが、山本さんは半年にわたってマニュアル整備に追われ、看護師確保の時期を逸してしまった。しかし、たくさん求人書類を送ったのに、一つの連絡すらないというのも異常だ。

実はこの時期、多くの病院が看護師の確保に苦慮していた。一般に賃金や有給休暇で見劣りする中小民間病院は、看護師の流出や採用難に直面。条件のいい大学病院や国立病院に看護師が集中する現象が起きていた。

06年度の診療報酬改定で、入院収入(=入院基本料)の前提となる看護師の配置基準が改正され、最も手厚い配置基準として「7対1」入院基本料が創設されたことがきっかけだった。7対1とは、平均して入院患者7人に対し看護職員1人が実際に勤務していることをいう。従来は10対1が最高レベルだったが、7対1の診療報酬ではそれを大きく上回る点数が付けられた。

そうしたことから、東京大学附属病院など急性期の入院患者が多い有力病院が、診療報酬点数の高い7対1基準での入院基本料算定を目指して数百人規模の看護師獲得に乗り出した。獲得競争のすさまじさは「看護師争奪戦」と形容され、特に中小病院が引き抜きや新規採用難で大きな打撃を受けた。

民間病院を追い込む看護師不足問題

「当院もその影響を受けたことは間違いない。特に2人夜勤体制が義務づけられ、それが守れないと基準看護料(15対1)以下の入院基本料しか得られないルールの導入は致命的でした。赤字が大幅に拡大した。そこから何とか抜け出そうと努力してきたのですが、看護師が集まらず、何の成果もありませんでした」(山本さん)。

下表は、医療法人財団健和会(東京都足立区)のスタッフが東京東部地域(足立区、荒川区、墨田区、江東区、江戸川区、葛飾区、台東区)の110病院にアンケート調査を行い、回答があった23病院の数値を集計したものだ。

この調査から読み取れるように、東京東部地域の民間病院では看護師不足のみならず、不足を理由とした病棟の閉鎖、入院受け入れの縮小、診療報酬のダウンが顕著だ。そしてアンケート調査結果が公表された9月30日のシンポジウムでは、出席した医療関係者の多くが看護師確保の厳しさを報告した。

年間約6000人の救急患者を受け入れている白鬚橋病院(石原哲院長、199床)も、看護師不足で1病棟(40床)を丸ごと閉鎖せざるをえない事態に一時追い込まれていた。新看護基準が導入された06年4月のことだ。その後、看護師の新規採用を図ることで休床数を減らしていき、10月1日からは14床を新たにオープン。冬場のインフルエンザ流行での入院患者の増加に備える態勢を準備した。

しかしその反面、看護配置基準は9月末までの13対1から、15対1へ低下を余儀なくされた。というのも「看護職に占める正看護師の比率が13対1の算定に必要な7割に届かなかったため、准看護師を含めたスタッフ数は十分ながらも、入院基本料のランクは低報酬の15対1基準を算定せざるをえなかった」(石原院長)からだ。

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