空前の大ブームで見えたインプラント(人工歯根)治療の光と影

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一方、「影の部分」も見え始めた。その一つが医療安全の問題だ。

03年7月、名古屋地方裁判所で、歯科医師に674万円の支払いを命じる判決が出た。歯科医師が行ったインプラント手術の後、患者の左側下唇およびおとがいにマヒ感が残ったことについて、歯科医師の責任を裁判所が認めた。

関係者によれば、これは「判決まで至った国内唯一のケース」と見なされているが、その後も訴訟そのものは起きている。

昨年5月、東京・中央区の歯科医院でインプラント手術を受けた70歳女性が容体の急変で翌朝に死亡。さらに今年になって、女性の遺族が歯科医院を相手取って損害賠償訴訟を起こしたと報じられた。

インプラント治療は外科手術であるため、細心の注意が払われる必要がある。歯茎の大本を形成する歯槽骨にドリルで穴を開け、インプラントをねじ込む。そして、骨と一体化するのを待つ(下図)。

この時、インプラントが下あごの神経に触れると、神経マヒを起こすおそれがある。名古屋地裁の民事訴訟では、鑑定人がCT撮影により、インプラントと下あごの神経管が接触した事実を判定。治療中にX線撮影をしていなかったことが歯科医師が責任を問われる一因になった。

また、心臓につながる血管から分岐した、あごの内側にある血管を、ドリルが傷つける可能性もある。その確率は極めて低いとされるが、血腫ができて呼吸困難になり、窒息死に至ることもあるという。

大学発ベンチャーによる治療技術の標準化努力

従来、そうしたリスクの回避には、パノラマX線装置が用いられてきた。X線画像で、あごの骨の形状を検査してきた。だが、「2次元で正確にリスクを把握できるのか」と問題提起をする専門家もいる。大阪大学関係機関の支援を受けて創業したベンチャー企業「アイキャット」の十河(そごう)基文代表取締役(大阪大招聘教授)だ。

十河氏は「経験と勘に頼らないインプラント治療」の必要性を主張。3次元の立体画像が表示できるCT装置の活用で、あごの内部の神経や動脈の位置を正確に把握し、ドリルによる手術ミスを防ぐことができると説明している。そして、アイキャットでは、CT画像を解析するソフトを開発。初期導入費用が競合メーカーの約10分の1という安価なサービスを投入し、事業の拡大を続けている。また、正確な深さや広さの穴を開けるための装置も開発し、普及を進めている。

「これまでインプラント治療は、経験と技術を持った歯科医師がリードしてきた。しかし、ベテランといえどもミスはありうる。いつまでも経験と技術に頼っていていいわけではない。また、インプラントを1万人ともいわれる医師が手掛けるようになった現在、技術の標準化は必要不可欠だ」と十河氏は強調する。

「治療計画費が建築でいう設計図面費に相当するとすれば、治療費全体(1本30万円として約2~3本分)の約1割に当たる7万~10万円程度は治療計画費に充ててもいいのではないか」とも十河氏は語る。

インプラント治療の高い技量を持つ専門医の養成も急がれている。これまで多くの歯科医師はインプラント材料メーカーによる講習会に参加することで、レベルアップを図っている。しかし、講習会を終了したとしても、どの程度の技量があるかの判断材料がなく、患者は「よい歯医者さん」を判別しようがない。

そうした中で、日本口腔インプラント学会では、歯科診療所が「専門医」であることを広告できるように、厚生労働省の許可を得るための準備を進めている。川添理事長によれば、同学会では、すでに廃止された制度に基づく認定医を、資格要件を厳密に定めた専門医に移行させる作業を続けている。そして、それを踏まえて「専門医」を公式に広告できるようになれば、一般の国民にとってもメリットが大きいという。

専門医となるには、学会の正会員歴5年以上のほか、申請時に3年以上経過の20症例提出など11の条件を満たす必要がある。また、指導医になるには、正会員歴10年以上、3年以上経過の100症例提出など、厳しい条件を設定している。そして、現役を引退すると、専門医の資格はなくなる仕組みになっている。厳しい条件を整備することで、学会の信頼性を高めるのが狙いだ。


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