《若手記者・スタンフォード留学記 9》金融危機に、アメリカ時代の終わりを感じる

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金融危機が示す、3つのポイント

以上、代表的な論者の意見をまとめてみましたが、今回の金融危機を通じて、私自身が抱いた問題意識は以下の3つです。
 
 1つ目は、安定した時代の終焉です。
 
 二極構造にあった冷戦、一極構造にあったパックスアメリカーナの時代が終わり、世界は多極化し、結果として、世界でいさかいが増えるでしょう。アメリカという、強いガキ大将がいた時代は、誰も挑戦者がいないので、世界は安定していました。しかしこれからは、力の弱まったガキ大将の言うことを聞かない子分が、どんどん増えてくるでしょう。

政治・経済・軍事において、これからもアメリカが日本にとって最も重要な国であることに変わりありませんが、アメリカ一辺倒ではもはや世界の流れについていけません。EU、インド、中国、ロシア、ブラジルなど、新たな大国となりうる国の研究を進めることが日本にとって焦眉の急です(インド経済・政治の専門家は日本に何人いるのでしょうか? メディアに出てくるのはいつも同じ顔ばかりです)。

2つ目は、グローバル化の停滞です。

今回の金融危機は、グローバル化が決してバラ色ではなく、利益とともにリスクも拡大することを知らしめました。グローバル化が急に逆流することはないにしても、その進展はストップするか、遅々としたものになるでしょう。そもそも、自由貿易とは強者の論理であり、それをルールメーカーとして守り抜く覇権国が必要です。しかしながら、今後当分、アメリカは自分のことで頭がいっぱいになり、そうした役目を放棄することになるでしょう。

すでに、モノ、カネのみならず、人の面でも、グローバル化後退の兆候は芽生えています。アメリカへの移民はすでに減少し、ヨーロッパ各国でも、移民が母国に帰る流れが加速しています(The Economist, Jun 26th 2008, ”A turning tide? ”)。先進国と新興国の所得の差が縮小することで、移住の利益が下がっているのです。

3つ目は、政治の季節がやってくるということです。

アメリカでは、今回の金融危機の戦犯として、投資銀行業界がヤリ玉に挙げられてきましたが、より責められるべきは、共和党政権の政策であることが認識されてきました。今回の危機は、1981年以来続いてきた、レーガン主義(主に規制緩和・減税を掲げる思想)の終焉・修正を迫るものであり、これから新たな経済・政治思想が求められことになるでしょう。

中国も、GDPなど経済指標だけを見れば、死角は見当たりません。しかし、国営企業、外資系企業を優遇する”上海モデル”を採用してきた結果、国産の民間企業はほとんど育っていません。しかも、再分配政策が欠如しているため、都市と地方の格差が広がり続けています。たとえば、2000年~05年までの間に、多くの地方の学校、病院が閉鎖された結果、文字の読み書きができない大人の数は3000万人も増えたそうです(The Economist, October 4th-10th 2008, ”The long march backwards”)。今後は、経済発展の立役者となってきた共産党独裁体制こそが、中国の最大のリスクとなるはずです。

同じように日本でも、長期不況を経て、「結局、政治がよくならなければ、経済も良くならない」ということがわかってきました。アメリカがレーガン主義に行き詰る中、日本は、周回遅れで、未だ官僚主導の「1940年体制」から脱却できていません。ただ、逆に言えば、必要な改革さえ行われれば、多極化する世界で、日本は充分に一つの”極”として存在感を示すことができるのではないでしょうか。

いかに政治の分野に、優秀な人材を送り込めるか--そこに日本の将来はかかっていると思っています。

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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