EVブームの論調に踊る人がわかってない本質 参入障壁の安全技術と需要を理解してますか

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もちろん長期的にはEVは徐々に増えていく。しかしそのペースは巷間語られているようなドラスティックなものではなく、もっとゆっくりしたものだ。たとえば世界中で年間約1000万台のクルマを販売するトヨタは、2030年の見込みとして、エンジンを持たないBEVとFCVが1割の100万台。エンジンとモーターを持つハイブリッドは各種合わせて450万台。そして残りの450万台がエンジンのみになると予想している。その数字は、筆者から見て「不可能ではないが野心的」な数字に見える。

ZEV規制とNEV規制

さて、この話をややこしくしている原因がもうひとつある。それが北米のゼロエミッションビークル(ZEV)規制と、中国のニューエネルギービークル(NEV)規制だ。このほかにも次の主戦場になり始めたインドも類似した規制を始めようとしている。

ここまで書いてきた問題を全部無視して「世界一の巨大市場である中国がEVシフトを決めたので、従うしかない」という声もある。これはどう考えたらよいだろうか?

ZEVとNEV規制では、販売台数の内一定の台数を事実上EVにしろという規制であり、中国の場合、具体的数字を見れば2019年に10%、2020年には12%となっている。現在の中国の年間自動車販売台数は2600万台ほどだから、10%なら260万台のEVを売らなくてはならないことになる。

しかし、当たり前の話だが、商取引はつねに需要と供給のバランスで成り立っている。需要の低い商品をいっぱい作ったら不良在庫で会社が潰れるだけだ。たとえば、胸に「池田直渡」と大書したTシャツを筆者が260万枚も作ったとして誰が買うだろうか? 需要のないものを供給することは経済的にはナンセンス。売れるものを作ってこそビジネスである。

「いやそんなことはない。EVの人気は高い」と思っている人もいるかもしれない。しかし冷徹な数字を見ればEVのシェアが1%を超えている国は数えるほどしかないうえ、ほとんどが販売台数上位国ではない。

EVのシェアが28.8%と飛び抜けているノルウェーは莫大な補助金によってEVのほうが安く買えるという特殊事情があるから別格だが、そのほかの国を見てみるとオランダは6.4%。スウェーデン3.4%。フランス1.5%。イギリス1.5%。それ以下は、米国0.9%。ドイツ0.7%である。

ちなみに国別の新車トータル販売台数ランキングでこれらの国を見ると、ノルウェーは40位。オランダは26位。スウェーデンが27位となっており、フランスがようやく7位。英国が6位。米国が2位で、ドイツは5位。

これらをEVの台数ベースで見れば、2016年の北米の実績ではたった8万5000台。世界第2位マーケットを誇るアメリカでこの台数だ。仮に北米で販売台数の10%をEVにするとしたら176万台を売らねばならず、それは現在の需要の約21倍にあたる。

中国ではどうだろうか? 共産党の強引な主導によってEVのみにナンバー発行を優先してまで振興策を取っている中国で約26万台。目標は実績の10倍というのが現実だ。一般的に言って、実績に対して10倍20倍という販売目標は正気の沙汰ではない。

以前トヨタの「電動化プログラム説明会」で、ウォール・ストリート・ジャーナルの記者が「米国のトヨタ・ディーラーでEVが買える日はいつ来るのか?」と質問した。これに答えたトヨタの寺師茂樹副社長は「広報的には商品計画についてはお答えできません、という答えになるんですけれど、反対に質問したいのですが、米国のユーザーはいつになったらEVを買おうかと、(ピックアップ)トラックを止めてEVにいこうかという雰囲気になるのでしょうか?」と返した。

筆者には非常に象徴的な受け答えに見えた。問題の本質は「自動車メーカーが売れるEVをなぜ作らないか?」ではなくて、「マーケットが欲していない製品を作るビジネスの意味はどこにあるのか?」である。現在のEVは自動車メーカーの環境への配慮と、法的拘束への対応で作られているにすぎず、それは企業の競争力のための戦いとはまったく一致していない。法を守ろうと思ったらEVをわざわざ開発し、それを捨て値でダンピングして無理やり販売するしかない。そんなばかばかしい話が長続きするとは到底思えないのである。

池田 直渡 グラニテ代表

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いけだ なおと / Naoto Ikeda

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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